| 2004年11月26日(金) |
コンパスのような女性�� |
臨海学校へ参加した30人の学童のうち、男子はサポーターと称する三角褌または六尺褌をつけており、海水パンツなどという贅沢な水着をつけている男子学童はひとりもいなかった。女子学童にしても水着を着ている者は2〜3人で大半の女子はシュミーズのままで海に入った。水着を着ている2〜3人の女子の中に青山香織がいた。
香織は黄色の水玉模様の海水帽を被っており、シュミーズや三角褌をつけた学童の中では、目立つ存在であった。そして泳ぎのできる者は男女取り混ぜて10人程しかおらず、女子で泳ぎの出来たものは香織だけであった。肇は腕白小僧達に鍛えられているので泳ぎは得意であった。 泳ぎの出来る10人程の学童は沖の飛び込み台まで泳いでいってはキャッキャッと騒ぎながら、水をかけあったりしてふざけていた。
波打ち際から50メートル程の沖合にある飛び込み台の所では水深3mほどあり、そこから沖へ出ることは禁止されていた。学童達は丸太で作られている飛び込み台の一番低いところから飛び込みをして、潜水競争をしたり、競泳をしたりした。男子の中に混じって飛び込み台まで泳いで来て、低い所から飛び込みをする黄色い帽子の香織は水の女王のように振る舞った。 「誰か一番高い所から飛び込める人いるかしら」と香織が言った。飛び込み台の一番高い所は2m50cm近くもあるので、流石に腕白連中もしり込みした。 「おい。お前やってみろよ」 「随分高いもんなぁ」 皆が尻込みするのを見て、肇は胸が激しく高鳴るのを感じた。ここはひとつ自分がいいところを見せたいと思った。肇は2m50cmもある高い所から飛び込んだ経験はなかったが、今ここで飛び込んで見せれば、香織の気持ちを引きつけることができるだろうと思った。肇は武者振るいすると、一番高い所へ登っていった。下を見ると柱につかまって香織が見上げている。黄色の水着と水玉模様の帽子が早く飛び込んでご覧なさいと囁きかけている。肇は使命感のようなものを感じると目を瞑って、飛び込んだ。耳がジーンと痛く水が鼻孔を激しく刺激した。随分長い時間水に潜っているような気持ちがした。ぽかり、水面に顔を出すと 「凄いわ。中村さん」と香織が感嘆の声を発した。肇は香織のその言葉を聞いてポット体が熱くなった。香織が命令するならもっと高い所からでも飛び込むことができると思った。憧憬の対象に一歩近づいたと思った。香織との間に絆が出来たと思った。
臨海学校の最終日に、高波に浚われて、他校からきていた3年生の女の子が溺死するという事件が起きた。夕闇迫る頃、柩に入れられた遺体が宿舎から運び出されるのを遠巻きに眺めた肇は、飛び込みの時香織との間にできた絆がこの見知らぬ少女の死によって断ち切られたのではないかという不安な気持ちになった。
肇は香織と同学年であったが、小学校を卒業するまで、同じ級になったことがない。香織は二人の姉がそうであったように、小学校を卒業すると、ミッションスクールへ進学したので、H町の新制中学へ進学した肇とは没交渉になってしまった。
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