厚生省の援護局から内地の紙幣を支給されて、佐世保駅から上り列車にやっと乗り込むことが出来た。博多の駅や下関の駅につくごとに、土地の婦人会の人達が湯茶の接待をして下さり、「長い道中、御苦労様でした」とねぎらいの言葉をかけて下さったので、やはり祖国はいいなとしみじみ思ったものである。
途中の駅で駅弁を売っているところがあり、早速母が支給されたばかりの内地の紙幣でこれを求めた。中身は稲荷寿司なので、久し振りに御馳走が食べられると喜んで、かぶりついたところが、油揚げの下からでてきたのはお酢のよくきかせてある「おから」であった。内地だから、稲荷寿司には当然米の飯が使われているものと早合点した私達のほうに内地の経済事情についての認識不足があった。
爆撃を受けて、生産施設に壊滅的な打撃を受けた日本の経済はまだ復興の緒についたばかりの段階で、米の配給制度は厳然として行われており、駅で売られる弁当に米が使われるような状態ではなかったのである。そのときやはり内地も敗戦国の苦しみを味わっているんだなということを認識した。
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