前潟都窪の日記

2004年11月18日(木) 貨物船で祖国へ��

 停泊中の貨物船に乗り込んで佐世保の港まで玄界灘の荒波に悩まされながらも、一行の気持ちだけは寛いでいた。しかし、引き揚げ船の中で片桐さんの生後三、四か月の嬰児が栄養失調が原因で死亡するという悲しい出来事があった。苦しい逃避行の中でもそれまで死者はなかったのに、祖国を目前にしてついに犠牲者が出てしまった。貨物船の薄暗い船底でお経をあげ、水葬にするという侘しくも悲しい弔いであった。

 佐世保港へついてからも直ちに上陸が許された訳ではない。検疫のため、肛門に注射器ようのものを挿入されて便を採られた。さらにDDTで消毒されたので、下船までには随分時間がかかった。やっと踏みしめた祖国の大地であった。このあと港の倉庫で引き揚げ列車の順番を待ったり、帰国手続きのために一晩をあかすことになった。貨物船も狭い場所へ大勢の人がごろ寝をしたが、体を横にして手足を伸ばすだけの場所はあった。ところが、上陸したとはいえ、一晩を過ごした倉庫の中は手狭で、横になるだけのスペースがないため、床に腰を降ろして立て膝をしたまま仮眠するのがやっとの状態であった。積み重ねたリュックサックに背中をもたせかけて、立て膝を両手で抱えこんだ姿で鼾をかきながら一行は、安堵の夢を結んだのである。


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