前潟都窪の日記

2004年10月31日(日) 春のめざめ��

「うん、驚いたなあ」
「シビは初めてかい」
「うん」
「お父さんとお母さんのシビを見たことないの」
「うん、ないよ。君はよく見るのかい」
「清さんとお駒どんがシビするのを見たのは初めてだけどお父さんとお母さんが隣の布団の中でシビしているのは寝たふりして時々見るよ」と松田君はすらっと恥ずかしげもなく言ってのけたのである。そして松田君は清さんには赤紙がきて近く入隊することになったから、婚約者の駒どんとお別れのシビをしたのさとも言った。

 この日の衝撃はあまりにも大きかった。平生子供達同志が遊んでいて女の子と男の子が仲良くしていると「やあい、二人はシビしているよ」とはやし立てていたので、男女が仲良くすることを軽く冷やかしていう言葉という風に理解していたのであるが、今日具体的に且つ即物的にシビなるものを目撃してこの言葉の持つ隠微で悩ましくも濃艶な意味と内容を理解して頭に強い一撃を受けた思いがしたのである。

 そして松田君がお父さんとお母さんが時々しているのを見たことがあるよと恥ずかしげもなく言ってのけたことにそれ以上に大きな二重の衝撃を受けていた。僕の両親に限りあんなことをする筈がないと必死に思いこもうとした。その時勇の頭にある脈絡をもって浮かんできた過去の光景があった。それは、父が自宅へ趣味の仲間を集めて自作写真の品評会のときのことである。あの時勇が押入れの中から父の秘蔵の写真を持ち出してきて手柄顔に父の手へ渡したとき、父が厳しい顔をして勇を叱ったことである。あのときの写真は、先程自分が垣間見たあの男女の絡みの場面と同じ種類の写真ではなかったのか。だから父が慌てて机の引出しへ隠したのだ。するとあの写真は父と母の写真だったのだろうか。いやそんな筈はない。どこか余所の人に違いない。僕の両親に限ってあんなことをする筈がない・・・・・

 今まで住んでいた世界と想像も及ばないあまりにもかけ離れて異なる世界を垣間見て、一種の激しいカルチヤーショックを受けていた。勇の春のめざめの時であった。と同時に両親に対しても突き放して見てみるという観察者の目を持つようになった時なのかもしれない。


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