前潟都窪の日記

2004年10月27日(水) 日の出小学校��

 入学直後の登校時には、社宅の上級生が下級生達を集めて、隊列を組ませ二列縦隊で登校した。戦時下であるため、制服制帽は軍隊調で統一されていた。国防色の上着とずぼんを着用して、戦闘帽を被り足にはゲートルを巻き、背中には防空頭巾を担いだ勇ましい姿であった。正門に到着すると校庭の東側に建てられている奉安殿に向かって最敬礼をしてから各々の学級へ散って行った。入学式や天長節には校長先生が白い手袋をはめて教育勅語を厳かな声で読んでいた光景がありありと思い出せる。教育勅語朗読中は頭を四五度前方へ垂れて畏まった姿勢をとらされた。意味は判らないまでも厳かな雰囲気は小学一年生にも感じとることができた。

 また天皇を神格化して教える実話教育の中に次のような、ぞっとする人権無視と暗い密告制度による被害の話があった。新聞に掲載された天皇陛下の御真影に気がつかないで、便所の落とし紙に使った人が憲兵隊に引っ張られて一週間近くも拘引されてたっぷり油を絞られた。このことが発覚したのは便所の糞尿を肥やしとして畑に撒いたところ、落とし紙に使った新聞紙が腐らないでそのまま自然に畑で乾燥し天皇陛下の御真影が現れたのを目撃した人が密告したというのである。それほどに時代は暗く陰鬱なものになっていた。

 授業では大きくなったら兵隊さんになって敵をやっつけるとか、神風特攻隊に入って敵艦めがけて体当たりするんだというような教題が真面目に取り上げられていた。純真な心にはそれがあたかも自明の公理であるかのように投影されていた。

 新しい学校生活にも慣れかけた頃、一か月に一〜二回位の割合で朝礼の時校長先生から誰それのお父さんはどこそこの戦闘において壮絶な戦死を遂げられ、英霊として靖国神社に祀られることになりましたという訓話があったり、誰それさんのお父さんは何月何日出征されることになりましたので、皆で武運長久を祈りましょうというようなお話があった。その都度、勇は早く私の父も出征してくれないかなと真面目に考えたものである。このように客観的な戦況とは裏腹に軍国主義の教育は浸透し、街中に戦闘気分が横溢していた。


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