前潟都窪の日記

2004年09月13日(月) 【石灰岩が削られてできた美しい白砂海岸が続き、珍しい動植物の棲息する国・・オーストラリア西� �

オーストラリアの旅2 パース、フリーマントル、ピナクルズ、ロットネス島
                 2002年2月11日〜2月15日

 最初キングスパークへ行った。パース市内を俯瞰できる場所にあり、眺めはとてもよかった。パース市内を東西に貫流するスワン川は市内ではとても川幅の広い川で湖かとの錯覚に陥る程の広さである。川向こうに建ち並ぶパース市内の高層ビルは新しいものが多い。ガラスの塔という鋭い穂先を持つ緑色の塔もパースのランドマークになっている。現地の人々はゴキブリタワーと悪口を言っているということだが、特徴のあるデザインはなかなか面白い。

 キングスパークはディズニーランドの7倍もの広さを誇る広大な公園でユーカリの木が沢山植えられていた。ユーカリの木には600種類程も品種があるということでとても生命力の強い木である。この木が一本庭に生えると他の植木は枯れてしまう程の逞しさであるという。



 次にモンガー湖へ立ち寄ってこの西オーストラリア州の州鳥「ブラックスワン」を見学した。カンガルーも何頭か目撃することができた。西オーストラリアでよく見られるカンガルーにはグレイカンガルーと赤カンガルーとがあるということであるが、モンガー湖で目撃したのはグレーカンガルーであった。



 カンガルーは哺乳類・有袋目・カンガルー科の草食性動物であり、オーストラリアタスマニア、ニューギニアにしか棲息していない。胎盤がないため胎児は受胎後約二週間程で体長約2cm位の大きさで生み落とされるが、前肢の鋭い爪で母親の母嚢のなかに入り、乳頭に吸いついて受乳しながら生育する。又有袋類の動物でコアラ、コッカはこの国だけのものであり、特に珍しい動物ではカモノハシがある。この大陸だけでしか見られない動物達が沢山棲息していて珍しい。

 地質時代の古生代ペルム紀(約2億8千万年前〜約2億4千万年前)から中生代ジュラ紀(約2億年前〜約1億4千万年前)にかけてゴンドアナ大陸というのがあって現在のアフリカ大陸、インド半島、オーストラリア大陸は地続きで南半球に広がる一つの大陸であったと考えられている。それが相次ぐ地殻変動により次第に姿が変わり凡そ3万5千年前の氷河期にオーストラリアは分離して孤立化し現在の大陸の形が出来上がった。

 その後約1万5千年前に原住民のアボリジニが東南アジアの島々で僅かに繋がっていた元のゴンドアナ大陸から島伝いにこの地へ歩いて渡ってきたと考えられている。その時アボリジニはデインゴという犬に似た動物をペットとして連れてきたらしい。それ以来、海に遮られてオーストラリア大陸へは外部から動植物が入ってこなくなり独特の進化をとげ現在見られるような他の大陸では見られない珍しい動植物が棲息し繁茂しているのである。
 そのような事情もあって、この国では他の大陸では見られない珍しい動植物の種を保護し保存するため、外敵となりうる外来種の輸入に対する規制には大変厳しいものがある。

 一例をあげれば、観光客が入国するに当たっても食品類の持ち込みは大半のものが禁止されている。食品に付着して入ってくる種子や菌等がこの大陸の植生に悪影響を及ぼすことを極端に警戒するからである。例えば米について言えばこの国にも市場に米は流通しているが、これは農産物としての米を輸入したのではなく、厳密な検査を行った上で輸入した種子をこの地で育成栽培した自給農産物なのである。日本の「越ひかり」に品質的にひけをとらない「オーストラリア産越ひかり」が日本の十分の一位の価格で販売されている。

 入国の時、空港では必ず携帯品の申告をしなければならないが、見ていると日本人観光客は殆ど全員が携帯荷物の内容物について逐一、厳密に個別検査されている。それに対して欧米人観光客は自ら食べ物を提示して簡単に検査を終了している。

 日本人観光客に対してだけ何故検査が厳しいのかと現地ガイドに聞いてみると、日本人とオーストラリア人の国民性や精神風土、習慣の相違を際立たせる話を聞かせてくれた。

 それは提出する書類の中に「食べ物を持っていますか」という質問項目があるが、過半の日本人は「ノー」にチェックをつけるという。そして署名欄には機械的にサインをする。

 実際に荷物の内容を検査してみると「煎餅」「海産物の加工食品」等の所謂ビールのつまみや飴玉やスナック菓子のような食べ物が必ず出てくるのだという。指摘されると「入れていたのをうっかりして忘れていた」等と言い訳をする。

 オーストラリア人の検査官に言わせれば「あなたが携帯した食べ物は火が通っていて包装もしっかりしているから持ち込みは認められますよ。何故正直に申告しないのですか。何故持っていないと嘘をつくのですか。サインをしているではありません か」ということになる。日本人のこのような性癖を最近の検査官はよく理解しているから「食べ物は持っていません」と申告した日本人観光客の携帯荷物は必ず開けて内容物を逐一検査をするようになったという。 「食べ物を持っています」という欄にチェックをして申告した人に対しては「食べ物はどれですか」と提示を求め、申告した食べ物を検査するだけで他の内容物の個別検査はしないで通すことが多いという。

 契約社会における「サインの持つ意味の大きさ」や「自分の証言に対する責任」を重視するオーストラリア人と「この程度のことなら誰でもやっていることで、嘘も方便だ。嘘でも百回つけば真実になる」と考える日本人の精神風土の特異性や物の考え方の相違を気づかせられる話であった。

 最近話題となった、或るNGOのアフガニスタン復興会議出席拒否問題を巡って発生した外務大臣と族議員との間の「言った、言わない」論争も案外こんなところに共通の根があるのではないかと一人思いを巡らせていた。

 スワン川下流の港町フリーマントルへ行った。この町は1830年頃からパースの外港としてヨーロッパからの入植者達によって開拓された町であるがイタリアからの移民が多い。レストラン等もイタリア式のものが多く、美味しいエスプレッソを飲ませる店もあった。

 この町は各国の南極探検隊の最後の補給基地としても有名である。海岸には大きなクレーンが林立し、広大な敷地には荷揚げされたコンテナーや船積みを待つ荷物が幾重にも積み重ねられていた。

 ここでは岸壁に建てられたラウンドハウスという小麦倉庫を見学した。今は歴史的な記念館となっていて建物だけしか残っていないが、倉庫の部屋は監獄として使われたこともある。また建物の中央部は横穴があいたような作りになっているが、これは昔、鯨を海から引き上げてこの穴のあいた場所で解体作業をやったのだという。

 パースでもここフリーマントルでもそうであるが、市内には無料の公営バスが頻繁に往来しているし、町並み自体は美しく整備されていて如何にも裕福そうな市街地を形成している。そして治安は非常にいいので女性が夜中に町中を一人歩きしても問題は起こらず安全だという。

 また西オーストラリアでは日本よりは物価が多少安く、平均的な年収は280万円程であるという。

 西オーストラリアの海岸は石灰岩が削られてできた白砂の美しい海岸が多く海の色はエメラルドグリーンに光っていてとても美しい。しかも盛夏だというのに湿度が低く空気が乾燥していてとても凌ぎやすい気候である。海から吹き上げてくる風が強く肌に快い。老後ロングステイをするには適した町だなとの印象を受けた。


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