| 2004年09月11日(土) |
【湯煙たなびく牧羊の国、移民の国・・ニュージーランド� � |
湯煙たなびく牧羊の国、移民の国 ニュージーランドの旅 クライストチャーチ、ホッカーバレー、ロトルア、ワイトモ 2000年2月11日〜2月17日
二月十二日オークランドで乗り継ぎクライストチャーチへ到着した。機上から俯瞰すると樹木の生えていない山が多い。山並みの北側と南側では樹木の生え方が違っている。北側で濃度が濃く南側で薄い。これは太陽が北側を通るせいであろうか。南半球だからこその植生である。一瞬焼き畑かと紛うほどに黒く見える箇所がある。これは松や杉などの針葉樹が植林されている場所である。
クライストチャーチでは美しい花の咲き乱れるモナ・ベイル邸 を見学してから、次に標準的な市民の実生活を見学するため、郊外にあるフォーリー・キーズ氏夫妻の邸宅を訪問した。紅茶と手作りのお菓子・スコーンを御馳走になった。この家の主人は鍛冶屋さんということであるが、ガーデニングが好きでおよそ三百坪ほどもある敷地には二階建ての邸宅と物置や作業小屋、鳥小屋が建っており庭の一部百五十坪程の所には芝生が植えられていた。芝生は綺麗に手入れされていて雑草一本も生えていないし、周囲を取り囲んで植えられている色々な種類の庭木の手入れもよく行き届き、その下には色とりどりの花が咲き乱れていた。家の壁という壁には花の入ったバスケットが吊るされていて今を盛りと沢山の花が咲いていた。敷地内には五坪程の子供用水泳プールもありこれは手作りであるという。ガイドの説明によればニュージーランド市民の平均的な住まいは百二十坪位の敷地に三つのベッドとダイニングルーム、リビングルーム、キチン、風呂場、手洗いのある一戸建ての家が千二百万円程であるというから、訪問したこの民家は標準以上の住まいということになるのであろうか。
クライストチャーチはカンタベリー協会が1850年にイギリスからの移民船四艘で派遣した八百人が入植して開いた町である。そのリーダー達の出身校がオックスフォード大学クライストチャーチカレッジだったことからこの町名が決まった。彼らは故郷を偲んでイギリス風の町作りをしたので、主要な通りにはオックスフォード通りとかケンブリッジ通りとかイギリスそのものの名前がつけられている。
大聖堂 はこの町のランドマークともなっておりゴシック様式の美しいイギリス国教会の教会である。教会を中心とした広場は町の中心になっている。クライストチャーチの中心部には全長二千五百mの長方形のルートを走るトラムと称する路面電車が走っており町並みを鑑賞するには恰好の乗り物であり、観光客の人気も高い。我々も翌朝、始発のトラムに乗って一周し町並みを見学した。運転手や車掌ものんびりしていてエイボン川にかかる橋の近くの乗り場では停車中に電車から下りて川の中に鰻がいるかどうかを観察したりしている。乗客達もぞろぞろ降りだして運転手の視線の先を追ってみたりしている。この間約十分、なんとものどかな光景である。
トラムの停車地点で観光ポイントの一つアートセンタ ー横の広場には工芸品や骨董品の青空市場がたっており多くの観光客が掘り出し物を物色していて楽しい場所であるし、周囲に立ち並ぶ歴史的な建物群はイギリス風の景観を呈しており落ちついた雰囲気が漂っている。パステルカラーの店が軒を並べるニューリージェントストリートにはブティックや装飾品店やレストランが立ち並んでいて買い物客で賑わっており、おしゃれな感覚に溢れている。
この市は別名ガーデンシティとも言われる程沢山の美しい公園をもっている。その公園の一つハグレー公園は一八二ヘクタールもの広大な広さを持ち東京ドームが三八個も入ってしまうほどの大きさで公園の中には一八ホールのゴルフ場まで備わっている。来る二月十八日からは花フェスティバルが開かれる予定になっており、公園ではその時開かれる彫刻展に出品するために最後の仕上げをしている数多くの芸術家達が熱心に鑿をふるっていた。トラムの通る通りにはその日のための絵がアーティスト達によって思い思いの題材で路面に描かれていた。昼食に日本料理を食べてから次の宿泊地テカポ湖へ向かった。
クライストチャーチの郊外へでると間もなく広大な緑豊かな平野が広がっており、夥しい数の羊が放牧されていてのんびりと草を食んでいた。牛も沢山放牧されており色は黒、茶、黒と白のまだらとさまざまである。馬も放牧されているし意外に思ったのは鹿の群れがやはり放牧されていることであった。鹿も食用に飼われているとのことである。
通り抜けたカンタベリー平野はニュージーランドの穀倉地帯であり、その広さはニュージーランドの平野部分の四三%を占めるというが、入植は一八六四年に始まり荒蕪地であった所を開墾し、樹木や牧草を植えて今日の緑豊かな平野に変貌したのである。この一帯の農家は牧畜と農業を兼業する混合農家と言われており約三万六千軒あるということである。三時間ほどものどかな田園風景を楽しみながらバスドライブを続けるうちにやがて正面に湖が見えてきだした。テカポ湖である。この湖は約二万年前の氷河から融けだした水でできた氷河湖である。湖面は碧色に光輝いており、畔には小さな教会も建っている。
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