| 2004年09月09日(木) |
【ワーキングホリデーの若い日本人・・オーストラリア��】 |
平成10年8月20日(木) 昨夜は全員揃って顔合わせの夕食 を楽しんだが、今日は全員揃っての朝食である。いつもの習慣で5時には目が覚めてしまう。散歩にでる前に湯でも沸かしておこうと用意をしていると中山氏が起き出してきて、今朝はにぎり飯を作ろうということになった。真空パックされたご飯の袋の説明を読むと袋に穴を3個ほど開けてから電子レンジにかけるようにと書いてある。熱湯で調理する方法もその下に書いてあるが、生憎値段表が糊張りされていて説明文がよく読めない。レンジが2分で湯炊きが15分だということも分かっている。加熱されるから中の空気を抜く為に穴を開けるのだなと理解して、レンジと湯炊きは調理時間の相違だけだと判断して、袋に穴を開けて調理を始めた。加熱されて空気が膨脹し爆発する危険のことだけにとらわれていた。炊きあがった頃、夫人達が集まってきてお握りを始めた。見ているとどうも様子がおかしい。ご飯が柔らかくてお粥のようだと言っている。そこではたと気がついた。穴を開けたから水が外から入り、お粥になったのだ。レンジの時は水が入る心配はないから穴を開けるが、湯炊きの時は水が入るから穴は開けない。子供でも分かる理屈である。寛大なメンバーのお蔭で嫌な顔一つ見せないで、食べて貰えたが、恥ずかしい体験であった。 キュランダ行きのガイドも昨日と同じ会社の松原という、これまた若い女性である。彼女は学生時代英国で一月程ホームステイをしてから英会話力を養い、卒業後高校の英語の教師になったという。夏休みに語学研修で学生を引率してオーストラリヤに来たが、魅力に取りつかれてしまったらしい。責任を果たすために担当学年が終了する三月を退職の時期と定めて、豪州移住の準備を進めたという。出身は名古屋地方の多治見市の老舗のタイル屋の娘らしい。現在ケアンズ市内にアパートを借りているが、ベッドルーム二つと居間台所、風呂と便所がついていて週当たり2万円の家賃だという。彼女の話ではオーストラリヤは電化製品は高いが、食料品は安いし、特に野菜類が豊富で安いので生活はしやすいということである。キュランダへはスカイウエイを六人乗りのゴンドラで熱帯性密林を上から眺めながら、四十五分の行程でキュランダスカイウエイ駅へ到着した。
マーケット、バタフライサンクチュアリ ーを見学した後、
アポロジニの槍投げ 、
笛吹き、民俗踊りを 見学した。
ブーメランも投げたし、コアラを抱いて 記念撮影もした。東南アジアの島々から遠い昔、先祖が渡ってきて住み着いたらしいが、体中に白い泥で模様を描いて、腰に布切れを纏っている姿はパプアニューギニアの住人とあまり変わらないのではないかと思ったりした。
彼らアボリジニは、先住民として固有の文化を持ち、大自然の中で慎ましく平和に暮らしていた筈なのに、大航海時代にヨーロッパ人が押しかけてきて、土地を奪われ、虐殺され、辺境に追いやられて、絶滅の危機に晒されながらも、生き長らえて、今観光客の前でかつては生存手段であった槍投げやブーメランの術を、芸として披露し生活の糧を得ているのである。このようなことを考えると民族の消長、文明文化の発展、停滞と進歩等ということについて思いを致さざるをえない。日本民族は今飽食の時代を謳歌し、世界中到る所に進出して繁栄しているが、地球の温暖化と食糧問題はやがて近い将来、必ずや人類滅亡の兆しとなって現れてくるのではなかろうかという予感がする。
帰りは電車に乗ったが、長時間窓際に熱帯性密林の木々を眺めながらの道中はいささか飽きがきた。 斎賀氏は夜、毎日カジノへ行って遊び、明け方2時頃帰ってくるらしい。丈夫なものである。 平成10年8月21日(金) 朝、6時半にホテルを出てタクシー1台でパラダイスパームゴルフクラブ へ行った。宇津呂弁護士の教え子にあたる中野弁護士がアレンジしてくれたゴルフ場である。中山、安田、中野の3人がスタート続いて猪原、大熊、斎賀、石村の4人がこれを追うという形でプレーは進んだ。貸しクラブのため、ちょっと短い感じがしてボールの頭ばかりを叩いて、飛距離がでない。3ホール過ぎたころからやっと感じが掴めるようになったが既にそれまでに大きくスコアを崩して、落ちつく先が目に見えたようだ。軽井沢で調子の良かった石村氏も調子がでないようだ。結局、私は58と60で散々な目にあった。只一つ最終ホールで十メートル位あるパットを一打で沈めてボギーにしたのが自慢である。 ゴルフ場のテラスで昼食をとりながら雑談していると、肌に吹きつける風が心地よい。中野氏の現地事情の話を聞いていると時間が経つのも忘れてしまうようだ。ケアンズという街は日本の大京観光がリゾート地として開発してから俄に発展した街のようで、現地に生活する農民や漁民にとってはある日突然、棚からぼた餅が落ちてきて、あれよあれよという間に生活水準が向上し、観光客が押し寄せるようになっていたということのようである。それだけにインフラが十分でなく、東南アジアと日本の不況の影響を受けて、日本人観光客が減り、経済的にも苦境にたたされているらしい。街中には貸家、空き家のビラがあちこちに散見された。
ゴルフは、午前中に終わってしまいホテルへ帰ってからは自由行動ということになったので、洗濯をしてからホテルのプールで水泳をした。女性達は蟹食べ放題ツァーに参加して、既に帰宅していた。夕食は中野弁護士推奨のイタリアレストラン(ビアマーケットの2階にある店)でスバゲッティーとピザにワインをとって全員で会食した。
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