| 2004年09月07日(火) |
【ワーキングホリデーの若い日本人・・オーストラリア� � |
オーストラリアの旅1 ケアンズ、キュランダ、アウター・グレート・バリアリーフ 1998年8月18〜8月24日 毎年盛夏に、軽井沢で六友会のゴルフコンペが行われ、王領地にある宇津呂弁護士の別荘に集まって大学時代の仲間達が旧交を温めるのが恒例となっている。昨夏の例会後の楽しい団欒の中で、来年の夏には、オーストラリヤのリゾート地ケアンズに夫婦同伴で行って、ゴルフをしたり魚釣りをしたりして楽しもうではないかという提案が斎賀氏よりなされた。斎賀氏はケアンズへは何回も訪れ、ゴルフをしたりカジノで遊んだりして最も気に行っているリゾート地の一つであるという。オーストラリヤには行ったことのない人が殆どで、この提案は直ちに受け入れられた。メンバーの一員である中山氏が幹事役となり、日通旅行社を通して諸事万端遺漏なく、準備は進められた。また宇津呂氏や同氏の後輩である現地滞在の中野弁護士にも今回の旅行の計画実施には随分お世話になった。冒頭に当たり、先ず中山氏、宇津呂氏、中野氏に深甚なる感謝の意を表明したい。 さて、平成十年八月十八日(火)はケアンズへ向けて出発の日である。朝六時半に自宅を出て、綱島駅まで車で送って貰ってから、YCATまでたどり着いたが時間的にはぎりぎりであった。家をでてからYCATまでは、一時間を見ておく必要があることが分かった。横浜駅まで携帯ラジオで英会話を聞きながら行動したが、電車の中では雑音が入ってなかなか聞き取り難い。ラジオで英語の勉強を始めてから二週間程経ったところである。還暦を迎えて、物覚えが悪くなってきているのを自覚しておりながら、英語の勉強に挑戦したのは三つのことが契機になっている。一つは、昨年末から年初にかけて二週間ハワイへ、大学のボート部の旧友達とOBクルーを編成して、遠征し国際試合に出漕したとき、公式行事でスピーチの内容が全然理解できず、困惑したこと。二つ目には、同行したメンバーでも商社へ就職した人達は海外駐在経験があり、ヒヤリングが出来て、自分の意思もなんとか表示できており、これを羨ましく感じたこと。三つ目にはハワイへ行ったメンバーの中で、今年横浜市役所を定年退職した北小路清氏が、向こう一年間は英語力を向上させるために、ラジオ英語講座を毎日聞くことを初めとして英会話教室へ通ったりして、集中的に英語の勉強に専念すると聞いたこと。そして猪原氏も英会話教室に通っていると聞いたこと。こうした友人達が、同年配でありながら努力している姿に触発されたからにほかならない。更に言えば今後、海外旅行へは体力と資金の許す限り、頻繁に出掛けたいと思っているからである。 リムジンバスは軽快に走行して、予定より十分程も早い到着となった。所要時間一時間と二十分ほどであった。日本航空の受け付けには誰も来ていなかった。様子を観察していると日通旅行の係員が近寄ってきて声を掛けてくれた。指定時間まで十五分ほどあったので、銀行へ立ち寄って外貨の両替を依頼したが混雑していて時間がかかってしまった。九時十分に再び受け付けへ行くと既に全員揃っていた。安田夫妻、猪原夫妻、石村夫妻の三夫妻である。家内が何故参加しないかという話になり、初孫が単身赴任の父親を追って、母子で近く米国へ移住する予定があるため、出発の準備やら孫のお守りやらで忙しいことを説明した。 免税店では日本酒二本を買い求めた。ハワイ遠征の経験では重宝したからである。 十一時始動、十八時六分着地。所要時間七時間、時差一時間プラスである。 ケアンズの町は、もうすっかり暗くなっていてタクシーからは外の景色ははっきり見えない。タクシーは十人乗りなので全員一台に乗ることができた。星が綺麗だと言っている人もいたが、座席の位置の関係で空を仰ぐことができない。それにしても窓の外に見えるのは椰子の木と砂糖黍畑で随分広い土地だなという印象である。そして街灯の点いている交差点で、高床式の住居を発見してやはり南方だなという印象を受けた。ほどなくマトソンプラッツアホテルへ到着した。予想していたよりも、規模が大きく外観は素晴らしいホテルである。 ホテルにはJTAの難波という若い女性が待っていてスケジュールについていろいろと世話を焼いてくれた。既に夜八時を廻った時刻である。仕事だとはいえ若い女性が責任感をもって頑張っている姿には神々しいものがある。 部屋割りが七階と九階に分散していて不便なこと夥しい。そこで安田氏がマネージャーを呼んで部屋交換の交渉をしたところ、九階に纏めて貰えることになった。難しいやりとりを英語でこなす安田氏は流石、元伊藤忠の商社マンだけあって素晴らしい能力を身につけている。今後の海外旅行を考える時、英語圏の国ではせめて、安田氏程度の会話能力は身につけたいと思ったものである。それにはヒヤリングと場数と心臓の強さだと再認識した。
|