| 2004年08月28日(土) |
【ピラミッドの国の五千年の歴史・・エジプト�◆� |
北側のリビア高地の赤い岩山を背景にして広大な黄色い砂漠が南側に広がっていて、砂漠の東側にナイル川が蛇行しながら南へ伸びている。機上から俯瞰するとエジプトの国は砂漠の中をナイル側が南から北へ貫流していているだけの地形であることがよく判る。ナイル川の周辺だけに緑があり、砂漠の中に所々緑の線が見える。その緑の線は畑であり、そんなところにルクソールの街がある。ルクソールにはナイル川を挟んで東側にカルナック神殿とルクソール神殿があり西側には王家の谷、王妃の谷、貴族の谷、職人の谷、ハトシェプスト葬祭殿がある。
最初にカルナック神殿 を見学した。この神殿は日干煉瓦で三区画に区分されていて保存状態が最もよいのが中央部にあるアモン神殿である。このアモン神殿は世界一大きな連柱式神殿でパリのノートルダム大聖堂をすっぽり覆い隠すほどの大きさであるという。ガイドの説明に頷きはするものの出てくる王達の名前や年代はなかなか覚えられずただただ神殿の規模の大きさに感心して見ているだけであった。それでも、やたらに多い大きな柱の列とそこに刻まれている多数の浮き彫りは強く印象に残っている。
次にルクソール神殿を見学した。ルクソール神殿はカルナック神殿と石畳を敷いた人頭のスフィンクス参道で結ばれていたというが、参道は現在発掘調査中でその威容を目視することはできない。ここではひとつだけ印象に残るものを脳裏に焼き付けておこうと考えて見学した。印象に残ったものを一つだけあげれば、入り口のネクタポの中庭と大塔門である。塔門の前には左側に高さ25mのオベリスク が一本と二体のラムセス二世の巨像が建っている。このオベリスクはパリのコンコルド広場で見たものと形状が似ているなと思いながら見ていたら、それもその筈、ここの右側の一本がパリへ運ばれたのだという。
王家の谷は草木の生えていない岩山の渓谷に営まれた第18王朝から第20王朝の偉大なファラオの墳墓が営まれたところである。この谷にある王の墳墓は22に及び葬られた歴代の王のミイラは40体に及ぶ。墳墓建造にあたったのは戦争捕虜達で墓所の秘密を守るため完成後ことごとく殺されたといわれているが、皮肉なことにどの墓所も盗掘に合い、副葬品が満足に残されていた墓地は殆どない。ただ一つの例外として盗掘にあわなかったのがツタンカーメン王の墓であった。ここではツタンカーメン王の玄室に入場してみた。三重に作られていた黄金製の棺のうちの一つはいまでもこの玄室の中に安置されており、薄暗い明かりの中で金色に輝いていて圧巻であった。
ハシェプスト葬祭殿 は第18王朝の女王であったハシェプスト女王が時の宰相であり建築家でもあったセンムトに亡き父親トトメス一世と自らの葬祭殿を建設するように命じて出来上がったものである。彼女が選んだ場所は荒々しい岩肌の絶壁を背にした谷であった。この葬祭殿は当時から「輝かしいものの中で最も輝かしいもの」と呼ばれた、エジプト建築史上類をみない傑作であるといわれている。神殿は東向きで、巨大なテラスが三段重なり、階段を通って祭壇に至る。スフィンクスとオベリスクが並んだ参道を通って第一テラスの入り口に至ると、22本の角柱と両端に2本のオシリス柱が並んだ列柱廊が伸びる。再び階段で第二テラスに至ると二列の列柱廊が続き、壁面には女王ハシェプスト女王の誕生や幼年期の伝説の国プントに遠征軍を送る場面が描かれており、キリンや猿、豹の皮、象牙なども登場する。一番奥の壁にある大小18の壁龕には同数の女王の座像もしくは立像が飾られている。この神殿の特徴はシャンポリアンが「初期ドーリア式」と呼んだ優雅な16角柱である。
この葬祭殿で観光客に対して行われた97年11月の無差別のテロ事件は記憶に新しいところである。
翌朝ルクソールからアスワンへ飛んでアルシンベルの神殿 を見学した。アルシンべルの神殿は古代エジプト史上最強の権力者でその激しい気性が有名なラムセス二世が建造したものである。アモン・ラー神、ハルマキス神やプタハ神を祭っているが、実際にはラムセス二世の絶対的な栄光を誇示している。長さ65m、幅38mのこの神殿は一塊の岩山を彫って作られたものであるが、アスワンダムの建設により水没する虞がでてきたのでユネスコの手により難工事の末1965年の晩夏に現在地へ移設されたものである。
ラムセス二世は第19王朝の王で紀元前1290〜1224年の在位で戦略家,征服者として知られる。北はパレスチナ、南はエチオピアまで征服し版図を広げ紅海と地中海を繋ぐ運河を計画したことでも知られている。
ナセル湖 次いでアスワンハイダムを見学した後、ナイル川で帆掛け舟に乗り暮れゆくナイル川の風情を楽しんだ。船頭助手の子供達は12〜13才の少年達で巧みに竿を操り舟を誘導した。舟が川の中程へでると音楽に合わせて手振り身振り面白く踊り初め乗り合わせた観光客達も彼等に誘導されて見よう見まねで無邪気に踊ったことが印象に残っている。
サッカレーから見たギザのピラミッド
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