前潟都窪の日記

2004年08月23日(月) 【マスタードの洗礼と豊穣の国のマナー・・アルゼンチン、ブラジル��】

平成10年10月27日(火)
 ホテルを8時に出発してコルコバドールの丘へ昇るために、登山電車の駅へ向かった。朝一番の電車へ乗って混雑を回避しようという作戦である。赤色の車体の電車に乗って窓の外をみると色々な植物が観察できる。 大きな木の幹に直接ぶら下がっている干瓢くらいの大きさのあるジャカの実。赤い花を咲かせている女王の耳飾り。朱色のアフリカ鳳仙花。

 電車の中でガイドの説明が続く。ブラジルは1500年にペドロ・アルパレス・カプラルによって発見された。1533年に、最初の砂糖が生産された。1727年にコーヒーの栽培が始まった。1728年にダイヤモンド鉱が発見された。そして現在宝石は全世界の生産量の80%をブラジルが占めるという。

 コルコバードの丘には巨大なキリスト像
が建っているが四方を展望できる場所としては最高のロケーションである。実に素晴らしい眺めである。この俯瞰は世界の三大景観の名に値いするものがある。


 再び電車で下ってくると起点駅には、沢山の乗客が列を作って順番を待っている。これを見ると一番の電車に乗るべくホテルを早く出発した理由がよく判る。

 この後、マラカナンサッカー場を見学した。ここでは選手のロッカー室や練習室、シャワー室も見学できた。Tシャツもショップ内で買うことができた。サッカー場で変わっているのは観客席に沿って円周状に幅10メートルほどの溝が掘られていることである。説明によればゲームの結果に興奮した観客がグラウンド内へ雪崩こまないように設けたバリアであるという。このようなバリアが設けられているサッカー場は世界でここだけしかないそうであるから、この国の人々が如何にサッカーに熱狂するかがよく判る。


 サンバ大会の審査が行われるコンクリート製の大きなスタンドにも立ち寄った。3000人〜5000人のチームが踊りながらここで審査を受けるという。想像するだけでも壮観である。ブラジル人を熱狂させる二つの物。それはサッカーとサンバであるという。そのグラウンドと舞台を見学したわけ。である。サッカー場は運が良くなければ中へ入ることができないという。



 この後、リオデジャネイロの中心街、オフイス街を通って三角形の形をし、たメトロポリターナ大聖堂(サンセバチオン)の内部を拝観した。カリオカ水道橋もバスの中から目撃できた。

 昼食は繁華街の通りを信号待ちしながら斜めに横切って、シュラスコ料理を食べに行った。実に贅沢な食べ方をするものである。食べたくない肉を入れる皿が用意してあるのである。いろいろな部分の牛の肉がでてきた。あばら骨についている肉が一番美味いということである。こぶ牛の肉はブラジルでなければ食べられないというのでトライしたが、筋張っていてあまりうまいとは思わなかった。アマゾンの現地人の食事の作法は肉片を一口食べては残りを捨てるのが作法で、いくら美味しいからといって残さず食べてしまうのは非礼とされるという。豊穣の国なればこその食事のマナーである。この習慣が採り入れられたのがシュラスコ料理ではないかと考えている。

昼食に堪能した後、ポンデアスーカルへ登った。ケーブルカーで中継していくわけだがコルコバードの丘に向かい合うようなロケーションである。ここからもリオの市街と美しい海岸線や入り組んだ海が見渡せてまさに絶景である。

 コパカバーナ海岸、イパヌマ海岸、マラカナサッカー場等も見えている。暫し景色を堪能したのち雲行きが怪しくなってきたので急遽、時間を切り上げて下山し宝石店へ急行した。Hスターンの本店である。店員と対面して一つずつ宝石を見せてくれるのである。暫く見ていたが、買う気がないので家内とはぐれたから探しにいくという口実でその場から逃げ出した。家内を見つけて側へ行くとすぐ終わるから一階の民芸品売り場で待っていてくれという。その通りにしたが、退屈してしようがない。所在なげな顔をして椅子に腰掛けていると店員が階下の駐車場で飲み物のサービスをしているからそちらで寛いでくれという。そこでカイピリーニャを2杯御馳走になった。そうこうしているうちに家内がやってきて、相川夫妻と一緒の送迎バスでホテルまで送って貰った。結構距離があった。家内は狙いをつけていた腕時計を買った。今回の旅行では一番高い買い物となった。15万円である。

 夕食は中華料理店で食べてからサンバショーをプラットフォーマーという店へ見に行った。中華料理も品数が多くて少しずつ食べたが満腹した。東ヨーロッパへ行った時には食が貧しいという印象であったがそれに比べるとここブラジルではいずこも雲泥の差であるといえよう。まさしく豊穣の国であり、食である。農産物、鉱産物、工業製品の全てが自給自足できる国であるから国民性は明るくておおらかなようである。

サンバの踊り子達は均整のとれた素晴らしい体をしているが顔貌は美形とはお世辞にも言えない。見ていてもときたま居眠りをしていた。気がついて。目をあけるが半分は寝ていたのではないかと思う。ビデオ撮影ができないので後から見るというわけにもいかないし困ったものだ。それにしても彼女ら、の月収は15,000円程にしか過ぎないという。気候が暑く、食べ物が豊富な国では貧しくとも表情が明るく、悩みなどないかの如くみえるから不思議だ。これにひきかえ不況のどん底にある日本人の表情は暗すぎる。ショーのフィナーレは流石に豪勢であった。数枚カメラに収めた。帰宅したら12時半であったので慌ててベッドに飛び込んだ。
          
平成10年10月28日(水)                    
 5時半モーニングコールの1時間前には目が覚めて、シャワーを浴びてすっきりする。9時00分出発で空港へ向かう。約5時間後にマナウス到着。空港から外に出ると空調が効いていないので流石に暑い。大塚さんという男のガイドが迎えにきていた。バスで自然科学博物館へ直行する。アマゾン川で捕獲される魚や蝶、昆虫の標本が展示されているのだが、魚は大きなものばかりである。ピラルクという魚には驚いた。鱗の一枚が靴べらのように大きくて固いのである。丹念に展示品を一点づつビデオカメラに収めた。

 この後ゴム景気の時建設されたという贅を凝らしたアマゾナス劇場を見学した。ヨーロッパから材料を運んで作ったという凝りようである。港の記念碑の塔が劇場の前に建っていた。このあとトロピカルホテルへ早く入ったので、河畔へ出てみようということになって家内と二人で出掛けたが少し歩いただけで汗だくになってしまった。
 
 桟橋にあがってネグロス川の水に手をつけてみただけで部屋へ帰った。湿度も温度も高いので動くのもものうく気だるい。思考力も停止してしまいそうである。夕食はホテルの食堂でバイキングであった。食後ホテル前の商店街へ行ってタオルを2枚買ったが8ドルもする高いものであった。暑くてクーラーも最高値にセットしてあるが冷しきれない。湿気が高くて洗濯ものも乾かない。
        


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