| 2004年07月29日(木) |
【ルネッサンスの美術を鑑賞して廻る・・イタリア��】 |
朝7時頃ローマのホテルを出発してポンペイ遺跡とナポリの日帰り観光に出かけた約3時間の走行の後ベスビオス火山が

見え出した。ポンベイ遺跡に近づいたようである。
ポンペイは古くからオスキ人、サムニウム人という何れも古代イタリア人の一派が定住し、農業、商業、貿易で繁栄していた。ローマ時代には一段と発展し一世紀にはその絶頂に達したが、79年8月24、25日のべスビオス火山の大噴火により全市が噴砂と火山灰で埋没し二万人以上の住民のうち約一割の死者を出した。1738年以来組織的に発掘され、1860年以降は本格的な発掘調査が行われ現在も継続している。
都市は代表的なローマ帝国の都市の姿

をどどめており、西南部の二つの広場を巡り公共浴場、劇場、体育場、神殿、市場、バジリカ等が配されている。また、建築、壁画、彫刻、調度品などもよく保存されていて当時の文化水準や風俗、生活の実体を知る貴重な資料を提供している。
ここで印象に残ったのは生き埋めになった人間が火山灰の中で腐敗し骨だけ残った火山灰塊を発掘し、残されていた人型へコンクリートを注入して被害者のコンクリート像を作り展示してあった姿である。説明がなければ人間がそのまま埋もれて炭化したミイラ

が残ったと思ったかもしれない。窒息死したであろうと思われる苦しそうな表情もよく再現されていた。
また路面に男根を型取って表示されている売娼宿の道標、売娼宿の狭い部屋や石製のベッド、更には部屋の壁に描かれたメニューとしての体位の絵なども残されていて人類最古の職業と言われるだけのことはあるなとニヤニヤしながら説明を聞いていた。 このあとナポリの町をバスで観光しナポリ港が見下ろせる丘を回った後、ローマへ向かって夕暮れせまる帰り路を急いだ。ナポリは国際的な港町で治安が極端に良くないということで車から降りることは許されず、総て車窓からの観光となった。
海を前面に配し、ベスビオス火山を背景にして、山の斜面へ広がるナポリの町

はとても美しい景観を作り出していた。しかし近くを通りすがりに眺めた限りでは建物の壁面の剥落は激しくかなり荒廃が進んでいるなとの印象である。聞くところによるとナポリでは造船に関係して生活している人が多く、造船業の斜陽化と折からの不況の影響でナポリ市内の失業率は50%を越えているということである。そのせいで町も荒れるのであろうか。
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