加藤のメモ的日記
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2023年09月03日(日) 統合失調症の一族

心の闇に次々と襲われ、暴力と虐待に蝕まれたある家族の歴史を描く。

人は配られたカードを拒否することはできなのだろうか。生物学的特性はある程度宿命なのかもしれない。だが、人間らしく生きるためには、また別の選択肢も用意されている。アメリカコロラド州のギャルヴィン家12人の子供のうち6人が統合失調症を発症した。本書は家族を見つめる末娘メアリーの視点を中心とした病の歴史を記録したノンフィクションである。

筆者の卓越した取材力と構成力で描かれる一家に起きた出来事は、衝撃的である。殺人、性的虐待、児童虐待……。行き詰まり感を増幅させるのは、同じことが何度も繰り替えされることだ。メアリー自身も繰り返し様々な暴力を受け、暴れる兄をぐるぐる巻きにして火あぶりにする計画をしたこともあった。

家族の歩みは、統合失調症について研究者が長年論争を続けていた。「遺伝」か「環境」かを問う旅と交錯する。かっては統合失調を誘発する責任は母親にあると捉えられていた。ギャルヴィン家の母親はその視線に苦しみ、葛藤はさらに子供を追い詰めた。

しかしその説は覆される。背景には科学や医学が発展すると共に、病に関する遺伝子があるはずだと探索した研究者たちの姿があった。一家の血液サンプルは、遺伝研究の発展に大きな意味を果たしてきた。だが、一家の名前が世に出されることはなかったし、当人は自分たちが研究の要になっていたとは露ほども知らなかったという。

最も心を揺さぶられたのは、隠されていた一家の悲劇を、明るい場所に引っぱり出し、家族で共有していく道筋だ。メアリーは恥ずかしさから長年秘密にしていた一家の経験が、実はほかの人々の人生を良いものに変えうる物語になるかもしれないと思い至るところに希望を感じる。

本書を精神疾患の研究の歴史を描いた本だと思うのは早計だ。それらを通奏低音としながらも、主旋律は愛情を求め、居場所を探し運命に立ち向かい、自らの人生を肯定しようと格闘した家族の物語である。

『週刊現代』11.12







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