加藤のメモ的日記
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2019年09月13日(金) 『日産自動車極秘ファイル2300枚』

日産のもう一人の独裁者と戦った男の爽快な物語

カルロスゴーン前会長の逮捕でにわかに脚光を浴びる日産自動車。逮捕のきっかけはゴーン被告の独裁に危機感を募らせた社内の「極秘チーム」による調査だった。本書は今から40年前、ゴーン被告と同様に日産社内で絶対的な権力を持った労組のトップ、塩路一郎氏と対峙した「極秘チーム」の物語であり筆者は当時、広報課長としてチームが発足するまでたった一人で戦った川勝宣昭氏である。

「天皇」と呼ばれたその男は、組合員23万人を支配下に置き、経営方針が気に入らなければ山猫スト、自分に楯突く社員がいれば人事部に手を回して左遷する、と思うがままに権勢をふるった。組合員だけでなく役員やメディアの中にもシンパを抱え工場から取引先に至る日産圏の隅々まで「フクロウ部隊」と呼ばれる情報網を張り巡らせた。こうして反対勢力の弱みを握り、コントロールするのが塩路氏のやり方だった。

ただ筆者が本書で引用している2300枚に及ぶ膨大なファイルの中には「広告代理店から夫婦で欧州旅行に連れて行ってもらった部長」や「販売会社と組んで資産売却で不当利益を得た部長」などが登場する。モータリゼーションの進展で急成長が続いた当時の日産は、コンプライアンスの意識が低く、それが「塩路天皇」というモンスターを生んだ。この点はカリスマ経営者になったゴーン氏に対し、取締役会がチェック機能を果たせなかった現在の状況とよく似ている。人間組織における「モンスター」は、自分たちの弱さを棚に上げ、一人の人間を祭り上げる「普通の人々」たちによって生み出される。

労組の抵抗で日産の生産性向上は一向に進まず、ライバルのトヨタ自動車や本田に大きく水をあけられる。筆者が絶対的権力者を向こうに回した無謀な戦いを始めたのは「このままでは会社が潰れてしまう」という危機感を持ったからだ。たった一人の戦いにやがて仲間が現れ、ついに絶対的権力を打倒する。普通の人々が絶対権力に挑む物語は実に痛快である。

『週刊現代』2.9


加藤  |MAIL