加藤のメモ的日記
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2014年12月24日(水) 座標軸 

ゲームで終わらせないために

小選挙区 296議席の攻防 2014

自民・公明 231
民主     38
その他    26


「衆院選の解散について、首相は本当のことを言わなくてもよい」。そんな不文律があるという。誰が決めたのか。主催者の国民は預かり知らない。永田町にしか通じない「常識」に乗じるように首相が明言を避ける中、政界やメディアが先行して解散への気分を醸成した。そして国民には何が問われているのかよくわからないうちに選挙戦へ。

投票所には脚は運んでも、割り切れない思いのままの人々が少なくなかっただろう。結局、この選挙は有権者が政治家を選ぶというよりも、政治家が有権者を選ぼうとして始まったように見える。それは記録的な低投票率でも明らかだ。「信」を問うといいながら、この選挙は政治への「不信」もまた膨らませてしまったのではないか。フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」は、豊富な歴史データと分析で不平等を読み解き話題の書となっている。そこに国の借金の水準がときに途方もない高さになる話が出てくる、一例として挙げるのは英国だ。

英国は国内総生産の2倍にも及んだことが過去2回ある。それはナポレオン戦争と、第二次世界大戦がそれぞれ終わった時だ。日本の借金は今、GDPの2倍を超えている。第戦争をしたわけでもないのにである。急速な高齢化などで戦費にも匹敵する負担がのしかかる。しかもこの借金との戦いは当分続く。だが、選挙戦ではほとんど議論されなかった。

それだけではない。見通しの立たない福島第一原発の処理、沖縄の米軍基地問題……。どんな選択をするにも国民の負担なしには解がない難問ばかりだ。それを正面から問わずに選挙戦をくぐり抜けるには、政権にとって、景気回復への期待を争点にする「この道しか」なかったのだろう。負担を口にしない点は野党も似ていた。それでは別の選択肢を示しようがない。

だが、票を投じる人々の胸には、語られなかった多くの問題への強い不安や迷いが交錯していたはずだ。「景気回復は期待するけれど、財政は破綻しないから社会保障は大丈夫か」「成長は望ましいが、原発に頼っていいのか」選ばれた政治家たちが、そこに思いをいたさなければ、選挙は議席をとりあうゲームに終わる。それが政治のリアリズムだろうか。むしろ民主主義へのシニシズム(冷笑主義)ではないか。選挙で政治家が問わなかったことを問い返す。今日からの主権者の仕事だ。


『朝日新聞』12.15 大野博人 論説主幹


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