加藤のメモ的日記
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2014年11月08日(土) 河野談話の根拠崩れる

元慰安婦報告書 ずさん調査 氏名含め証言曖昧

産経新聞は15日、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年8月の「河野洋平官房長官談話」の根拠となった、韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査報告書を入手した。証言の事実関係は曖昧で別の機会での発言との食い違いも目立つほか、氏名や生年すら不正確な例もあり、歴史資料としては通用しない内容だった。軍や官憲による強制連行を示す政府資料は一切見つかっておらず、決め手の元慰安婦への聞き取り調査もずさんだったと判明したことで、河野談話の正当性は根底から崩れたこといえる。産経新聞は河野氏に取材を申し入れたが、河野氏は応じなかった。

慰安所のないところで働いた

平成5年7月26にから30日までの5日間、ソウルで実施した聞き取り調査に関しては9年、当時の東良信内閣外政審議室審議官が自民党の勉強会で「強制性認定の明確な根拠として使えるものではなかった」と緒言している。ところが政府は、この調査内容を「個人情報保護」などを理由に開示してこなかった。産経新聞が今回入手した報告書はA4判13枚で、調査対象の16人が慰安婦となった理由や経緯、慰安所での体験などが記されている。騙されたり、無理やり連れて行かされたりして客を取らされるなどの悲惨な境遇が描写されている。

しかし、資料としての信頼性は薄い。当時、朝鮮半島では戸籍制度が整備されていたにもかかわらず、報告書で元慰安婦の生年月日が記されているのは半数の8人で空欄が6人いた。やはり朝鮮半島で重視される出身地についても、大半の13人が不明・不詳となっている。肝心の指名に関しても、「呂」と名字だけのものや「白粉」と不完全なもの、「カン」などと漢字不明のものもある。また、同一人物が複数の名前を使い分けているか、調査官が名前を記載ミスしたとみられる個所も存在する。

大阪、熊本、台湾など戦地ではなく、一般の娼館あっても慰安所はなかった地域で働いたとの証言もある。元慰安婦が台湾中西部の地名「彰化」と話した部分を日本側が「娼家」と勘違いして報告書に記述している部分もあった。また、聞き取り調査の元慰安婦の人選にも疑義が残る。調査には日本での慰安婦賠償訴訟を起こした原告5人が含まれていたが、訴状と聞き取り調査での証言は必ずしも一致せず、二転三転している。

日本側の聞き取り調査に先立ち、韓国のアンビョンチョクソウル大学教授(当時)が中心となって4年に行なった元慰安婦への聞き取り調査では、連絡可能な40人余りに5,6回面会した結果、「証言が意図的に事実を歪曲していると思われるケース」(安氏)があったため、採用したのは19人だった。政府の聞き取り調査では韓国側の調査で不採用となった元慰安婦も複数対象としている可能性が高いが、政府は裏付け調査や確認作業は一切行っていない。

談話作成に関わった事務方トップの石原信雄元官房副長官は産経新聞の取材に対し「私は報告書は見ておらず、担当官の報告を聞いて判断したが、談話の大前提である証言内容が杜撰で真実性、信憑性を疑わせるとなると大変な問題だ。人選したのは韓国側であり、信頼関係が揺らいでくる」と語った。

◆河野談話

平成5年8月、宮沢喜一内閣の河野洋平官房長官が元慰安婦に心からのお詫びと、反省の気持ちかを表明した談話のことである。慰安婦の募集に関し、強制連行の存在を示す政府資料が国内外で一切見つかっていないにもかかわらず、「官憲等が直接これに加担したこともあった」「募集、移送、管理なども甘言、強圧によるなど、総じて本人たちの意志に反して行なわれた」などと強制性を認定した。閣議決定はされていない。

河野洋平 1937(S12年 1月16日 77歳)

『産経新聞』10.16


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