加藤のメモ的日記
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そこには日本の近代史が凝縮されている
吉田茂を語るうえで欠かせないのが、自身の政権を支えるために集められた議員グループ、通称「吉田学校」の存在だ。ワンマン政治家としても知られる吉田だが、それと同時に、彼は昭和の日本を牽引した多くのリーダーを育成してきた。政治評論家の浅川忠氏はこう語る。「吉田茂は後継者育成という点でも、非常に優れた人物でした。彼は自身が元外交官ということもあり、これからの日本を引っ張っていく政治家は、官僚出身者だという自負があった。だからこそ、役人出身で政治をやろうと考え『吉田学校』を作ったんです。
当時、政治家は官僚政治家と党人政治家に大別され、一方のリーダーは吉田茂、もう一方は鳩山一郎という図式だった。その中で、吉田は各省庁で目をかけていた官僚を次々に政界に引き入れる。浅川氏が続ける。「吉田学校出身者として有名な池田勇人は大蔵省出身、佐藤栄作は運輸省出身の官僚でした。吉田は、政界を引退してからもずっと彼らの師であり続けた。彼らは首相になってからでさえ、困難な政局の際にはいつも大磯にあった吉田の私邸を訪れ、総裁としての心構えなど、助言を求めました。そこから『大磯詣で』というj言葉が生まれたほどです。その後吉田学校出身者は、吉田の意志を継いで、高度経済成長を成し遂げ、現在に続く日本をつくりあげたんです」
血脈図を見れば分かるように、吉田は安倍晋三首相や麻生太郎元首相と親族関係にある。今、孫世代の彼らが政権を握り、日本の舵取りをしてるのだ。もし現代に吉田が生きていれば、彼らにどのような言葉を投げかけるだろうか。前出の保坂氏は言う。「吉田茂は物事の本質をきちんと見極めたうえで行動し、稚拙な判断は絶対にしない人でした。常に大局に立ち、次の世代へバトンを繋ぐことも忘れなかった。彼ならば、先達の苦悩を無視し、強引に事を進めるような政治手法戒め、慎重な判断を促すのではないでしょうか」
君たちが日陰者であるほうが、国民や日本は幸せなのだ。吉田茂 1957年防衛大学卒業式にて
『週刊現代』6.14
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