加藤のメモ的日記
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2014年02月15日(土) 歩くスピードと握力

ボケと脳卒中のリスクは、歩くスピードと握力でわかる

街を歩いていて、ふと、周りの人より歩くスピードが遅いのに気づく。あるいはこれまで開けられたペットボトルのフタが開けられない。どうしたんだろう。その小さな違和感が、実は非常に重要であることが判明した。

認知症の発症リスクは1.5倍

ガンコな性格、趣味が少ない、コミュニケーションが下手、偏った食生活……これまで「なりやすいタイプ」として、さまざまな事柄が挙げられてきた認知症。曖昧なものが多く、リスクが明確でなかっただけに、「自分は認知症になりやすいのでは」と不安を感じたり、逆に「オレは大丈夫」と根拠のない自信を持つ人もいるのではないだろうか。そんななか、米国ボストン・メディカルセンターのエリカ・カマルゴ博士らが興味深い研究結果を発表した。いわく、「歩くスピード」と「握力」で将来、認知症や脳卒中になりやすいかどうかがわかるというのである。

この研究は「フラミンガム・ハート・スタディ」FHSと命名された。アメリカの国家的調査研究だ。FHSは、マサチューセッツ州のフラミンガムという小さな町で1948年から継続して行なわれている調査研究で、とくに循環器分野では高く評価されている。これまでにも喫煙や高血圧、高コレステロール症が心臓や血管系の病気の発症リスクになることを明らかにするなど、いくつもの実績を残してきた。危険因子という言葉もFHSから生まれたという。今回の研究で、カマルゴ博士らは、平均年齢62歳の健康な男女およそ2400人を対象に、歩く速度と握力、そして認知機能を記録したうえで、11年間に及ぶ追跡調査を実施し、その11年間に34人が認知症を発症したが、歩くスピードが遅かった人は、速かった人に比べて認知症の発症リスクが1.5倍も高かったということがわかった。

また、MRI検査も行なっており、その結果、歩くスピードが遅い人の場合、大脳の総体積が小さくさらに記憶や言語、意志決定などの認知テストの成績が低いという傾向も判明したのである。同様に、「握力の強さ」も大脳の総体積の大きさと関係があり、握力の強い人ほど認知テストの得点が高い傾向があったという。また、この調査研究は、歩行速度や握力が脳卒中の発症リスクにも影響を与えていることも明らかにしている。11年間の追跡調査の間に、70人が脳卒中を発症したが、歩くスピードの遅い人ほど発症リスクが高く、速い人ほどリスクが低かった。そして、握力が弱い人は強い人に比べて、脳卒中の発症リスクが42%も高いとの結果が出ているのである。

カマルゴ博士はこの研究結果を踏まえた上で、「今後さらなる調査を続けていく必要があるが、神経科医や一般開業医が患者の認知症および脳卒中リスクを洞察する上で、一助となるデータだろう」と語っている。詳細なデータについては、今年4月に米国の学会で発表される予定だというが、今後の研究にも期待が高まっている。詳細なデータについては、今年4月に米国の学会で発表される予定だというが、今後の研究にも期待が高まっている。この研究結果について、医療ジャーナリストの田辺氏は次のように評価する。

「同じ人を11年間追うことで出てきた追跡調査結果には信頼性があります。運動と認知症の関連がより明らかになったのではないでしょうか。今後、なぜこうした現象が起るかという裏付けが明らかになれば、簡単に認知症を予防することが可能になるかもしれません」なぜ、同じ研究データから、認知症と脳卒中の発症リスクが計れるのか、疑問を持つ方も多いかもしれない。この理由について、田辺氏は「認知症は、いまだ原因不明ですが、脳の神経細胞が死んで脳が萎縮する、いわゆるアルツハイマー型と、脳卒中の後遺症として、脳の血管が詰まり一部の細胞が死んでいくことが原因の脳血管性型があるとされています。脳の機能が低下し障害が出ているという点で、認知症と脳卒中はその発症リスクにおいても関係していると考えられます」と説明する。

握力が強い人ほど死亡リスクが低い

さらにFHSの調査研究発表とほぼ同時期に、日本でも「握力」と「脳卒中」の関連を示す研究データが発表された。これは九州大学の熊谷教授を代表とする厚生労働科学研究班によるもの。福岡県久山町に住む40代以上の2527人(男性1064人、女性1463人)を対象にした、約20年間にわたる追跡調査の結果である。この調査では、男女別に握力が弱い順から人数が均等になるように、各4組にグループ分けし、年齢や飲酒状況などの要素を補正したうえで、死亡原因との関係を調べた。

すると、男性35キロ未満、女性19キロ未満の握力が最も弱い組に比べ、男女ともに握力が強い組ほど死亡リスクが下がることがわかったのである。男性47キロ以上、女性28キロ以上の最も握力の強い組の死亡リスクは最も弱い組より約4割も低かったというから、その差は明白だ。またFHSの調査同様、握力が強い組では、脳卒中になるリスクが低いことも明らかになったのである。ちなみに握力の目安だが、ペットボトルのキャップを開けるのが困難なときがある人は20キロ未満、未開封の栓を開けるのに難儀をする人は30キロ前後と思われる。但し、これはあくまでも目安。手の大きさや指の力、缶や瓶の種類などで変わってくる場合もあるだろう。

この研究では、握力が脳卒中だけでなく、心臓病など循環器系の病気の発症リスクと関連していることも裏付けられている。調査によると循環器系の病による死亡リスクについては握力の最も強い組は、最も弱い組の半分しかなかったという。つまり、握力の差は、長生きできるかどうかの差になっているというわけだ。この調査結果について熊谷教授はこう語る。「握力の強さが健康に影響があるというのは、これまでに同様に研究がいくつかありましたが、対象者は高齢者が多かった。今回は40代以上に対象を広げており、発症リスクを考える上では非常に意味のあるデータです。また、久山町という場所は産業構造や人口構造などの環境が日本全国の平均とほぼ同じ形態を持っており、研究結果は久山町に限ったことではなく、一般化できるものなのです」

この調査では握力と認知症リスクとの関連については対象にしていないが、前出の田辺氏は次のように分析する。「先述したように、脳血管性型の認知症と脳卒中には関連性がある。脳卒中のリスクが低いことがそのまま認知症リスクが低いことにはつながらないとしても、この研究も認知症のリスクの目安になるのではないでしょうか」ただし、このデータで握力だけを鍛えればよいと考えるのはやや早計だ。文部科学省の調査によると、一般男性の握力は30代後半から40代前半をピークに年々衰えていくが、これはあくまでも平均値。前出の熊谷教授もこのデータについて、「握力が強い人は死亡リスクが低いということはわかっていますが、握力を鍛えれば死亡リスクが下がるというデータではありません。また、握力が強いというのは日常の運動状況が背景にありますので、握力だけを鍛えればいいというものではありません」と指摘している。

とくにウォーキングなどの運動をしなくても、普段から速く歩くクセのある人は、自然に足の筋肉をよく動かし、脳を含めた全身の血流をよくしていると思われている。さらに、医療ジャーナリストの森田豊氏は、二つの研究に対して次のように期待を持っている。「今回の研究結果は統計に基づくものであり、理論的な裏付けは今後の課題になるでしょう。しかし、握力や歩くスピードなど日常的に意識しやすい事象で、認知症や脳卒中のリスクを認識できるということは、早期発見、早期治療のために非常に意味のあること。とくに認知症は進行を遅らせることはできても、かかってしまったら治すことはできない。自分や家族の歩く速さなどを知っておくだけで、発見を早めることができると期待できるのではないでしょうか」


『週刊ポスト』 2013 4.2


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