加藤のメモ的日記
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| 2014年01月28日(火) |
北朝鮮 張成沢一族を処刑 |
無慈悲すぎる選択
韓国の「緋合ニュース」は26日は、複数の消息筋の話として「張成沢国防委員長の家族や親戚の多くが、子供も含めて処刑された」と報じた。張成沢処刑(昨年12月12日)直前に、張氏の姉である、張桂順と夫の全英鎮キューバ大使、甥の張勇哲マレーシア大使らは相次いで本国に召還されていたが、いずれも処刑され、さらには張大使の20代の息子、泰令と泰雄と、亡くなった兄の子や孫を含めて、直系の親族は全員処刑された、とのことだった。
また、張大使の妻である朴春姫ら張成沢氏の親族に嫁いだ女性は強制離婚させられ、実家の家族と一緒に山間部に追放されたという。誹合通信は「金正恩第一書記が指示」と報道しているが、これが事実なら残忍極まりない。亡くなった兄とは、2009年に76歳で死亡した長兄の張成宇次師と、2006年に68歳で死亡した次兄の張成吉中将を指しているが、軍人である二人とも生涯、金総書記に忠誠を尽くしていた。
張成沢氏よりも11歳年上の長兄の張成宇次師は、朝鮮戦争(1950-53)のときは中隊長として従軍しその後、人民武力偵察局長、社会安全部政治部長、第3軍団長、軍護衛総局長などを歴任した生粋の軍人で金正日総書記は自分が乗っていた乗用車をプレゼントするほど厚い信頼を寄せていた。現に張成宇氏の葬儀で金総書記は深い哀悼を表し、霊前に献花していた。次兄の張成吉中将も第13師団長、第2軍団副団長、第4軍団副団長、第820戦車軍団政治局員などを歴任するなど忠実な武人であった。その子や孫らを処刑するとは。
張成沢師の義兄(姉の夫)である全英鎮キューバ大使は、外交部副部長からスエーデン、アイスランド大使を歴任。娘が1997年に韓国に亡命した黄シャンヨブ党書記の長男に嫁いでいたため召喚され、一時期、民間外交を担当する対外文化連絡委員会副委員長に左遷されていたものの、その後、キューバ大使として外交の表舞台に復帰した。北朝鮮を代表するエリートであった。
甥である張勇哲大使は、2010年にネパール大使からマレーシア大使に転任し、昨年10月にはマレーシアのヘルフ大学に掛け合い、金第一書記に「経済名誉博士号」を授与させた功労者でもある。義兄の金正日総書記が、あるいは二人の兄が生きていたなら、張成沢氏らは処刑されていなかっただろう。
『東京新聞』
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