加藤のメモ的日記
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今、地方で何が起きているのか?
つい最近こういう経験をした。それは、和歌山県のある地域で講演をしたときのことだ。立派な多目的ホールにぎっしりと数百人が集まる盛大な会が終わった後、主催者の一人が楽屋に挨拶に来てくれた。歳乃頃なら50代後半の男性は、こう言った。「ありがとうございました。このホールがいっぱいになったのは、開館して初めてです。でも高齢者が多くて驚かれたでしょう。実は私が、この地区で一番の若手なんです」別に、私の講演で会館がいっぱいになったことを自慢しようというのではない。驚くべきは、この地区はこのままの状態が続けば、あと数十年で消滅するという事実だ。その時には、莫大な税金をかけて作ったそのホールも確実に廃墟になる。
ここに、日本の未来の姿がある。今、地方では病院閉鎖が相次ぎ、全国的に医師不足が叫ばれている。「ウェークアップ!プラス」では、住民の力で地域医療を再生させたすばらしい取り組みを紹介した。しかし残念ながら、他の自治体全てに同じことを求めるのは酷だろう。そもそも、遠からぬ将来、確実に患者がいなくなるのがわかっている地域に、誰が好き好んで病院を建てようとするだろうか?
また、経済政策の失敗で、地方の商店街が次々シャッター通りになっていると言われて久しい。確かに、規制緩和による大規模店の進出が、伝統的な商店街にダメージを与えたのは事実だ。しかし、その大規模店ですら、近年、潮が引くように地方から撤退を始めている。理由は明確で。日本列島から人の姿が消え始めているからだ。
高齢化率を、通常公開される市町村単位のデータよりもさらに小さな地区単位で見てみると、65歳以上の高齢者が住民の40%を越えている地域は決して珍しくない。そして、楽観的な見通しで常に批判の対象であった国立社会保障・人口問題研究所のデータですら、今世紀の中頃には日本全体の高齢化率が40%を越えることを示している。私の訪れた和歌山県のある地域は、近未来の日本全体の姿なのだ。状況はさらに悪い。なぜなら、和歌山県のある地域では、今は国から流される金によって社会機能が維持されているが、日本全体が、和歌山県のある地域になったとき、そこに金を流すことは誰にもできないからだ。
こうしてみてみると、日本の抱える根本問題を解決するのに、方法は一つしかないことがわかる。それは国土を満たす次の世代を育てることだ。日本の政治は問題解決のアジェンダを提示しているか?現状はかなり絶望的だ。例えば日本の農業を支えているのは、地方の高齢者だが、次の世代が生産を引き継ぐ政策はどこにもない。あるのは、目先の高齢者票獲得を目指すバラマキだけだ。
それでも本気のバラマキなら、それによって次の世代が村に戻ってくるかもしれない。しかし現状はバラマキよりはるかに少ない「パ」ラまきで、とても構造を変える力は持たない。税金を投じる目的が福祉なのか、将来のための投資なのか。その意図さえ見えないままに、票田という名の田畑に公金が消えていく。明治維新以降、血と汗と幾多の命を捧げて開墾した農地が、今静かに、しかし急速に元の原野に戻りつつある。日本の人口はすでにピークを越え、大阪ですら人口が減り始めた。地方における最大の問題であった過疎が、すでに日本全体の問題になり始めているように、今、地方で噴出する様々な問題は、近未来の都市が抱える問題でもある。逆回転を始めた巨大な歯車は容易には止まらない。
『日本崩壊』 辛坊次郎
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