加藤のメモ的日記
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2013年06月08日(土) 無意識の魔力

武術は殺す術(殺法)と活かす術(勝法)の二面性をもっていますが、いずれをとっても急所は同じ場所です。その急所を攻める基本は、呼吸法です。平たくいえば腹式呼吸です。ところが、この腹式呼吸のなかに大変な秘密が隠されています。第一に、胸で呼吸するのと違って酸素量が約6倍あります。これによって、体内の燃料(栄養分)が充分に燃焼されます。その時放出されるエネルギーがバイタリティを高めるのです。腹式呼吸には、人間の生命力を高める働きがあるといってよいでしょう。

第二に、無心になれるということです。無心というのは、無意識という意味です。剣士は、互いに剣をもって対峙しています。もちろん隙あらば急所を襲うためです。剣がスーッと動いて急所を一撃するとき、それは無意識の行動です。動こうとして意識して動くのではありません。自分の呼吸と相手の呼吸をはかりながら、リズムにのって一瞬に動く無意識の動作にほかなりません。

こういう呼吸法や間の持ち方は、もちろん「理屈でなく体で覚える世界」です。ある心理学者が、剣士はどういう状態で相手を攻めるかというテーマでデータを集めたそうです。電子的に温度をはかるサーモスターを鼻の下につけて、温度変化で呼気と吸気を測定して、どういう時に打ち込むかを研究したとのことで、その学者は強い人ほど相手が息を吐く瞬間をとらえて打ち込んでいるとの結論を得たというのです。もっともこの話、実験の結果を伝え聞いた剣の名人が、「そんなこと当たり前じゃないか」と一喝したというオチちがついていますが…。

いくら学者が最新の機器を使って、なるほど剣術の極意は呼吸にあったのかと納得し、その結論が正しいとしても、剣術が上達するわけではありません。自分でやってみて身につけない限り、心理学者の努力もたいした意味がないことになります。無意識で逞しい精神力を身につけるのも全く同じです。我々の生活の様々な分野で、このように理屈でなく体で覚える以外に上達法の道がないものは、ちょっと考えただけでも実に多いのです。

野球や武術の例をあげましたが、お茶や生け花、舞踊など、いわゆる芸事もすべて呼吸法、間のとり方が基本であり、修行なしには身につきません。もっとも身近で、修行の記憶さえないものでは、立って「歩く」ということがあります。はいはいから始まって、よちよち歩きまで一年以上、危なげなく歩けるようになるまでは三年も五年もたっています。その間、バランスを失って倒れたり、つまずいて転んだり、小さなかすり傷やこぶをつくりながら”修行”しているのです。立派に遠い目的地まで独力で行けるようになるには、十年以上の時間と修行がかかっているのです。

しかし、幼児期というのは意識と無意識の堺がなく、夢と現実の堺がありません。だから、痛いとか恐いという意識も薄く、転んでもすぐに忘れてこれをくり返すことができたのです。だからこそ、意識で歩く人はいません。無意識で歩いています。ただ、そのために転んだり、つまずいたり、こぶを作りながら、繰り返し学習をして、無意識を深めてきた努力の期間を忘れているにすぎません。転ぶから、傷がつくからと恐れたり怖がったり、それを失敗と意識したら誰も歩くことすらできなかったはずです。

無意識でつくる精神力も、かって我々が歩く練習をしたように、それ相応の努力がいることがわかるでしょう。たくましい無意識の精神力を体で覚えるというのは、理屈が働いているうちは獲得できないということです。これ以上は実際にやって覚えるしかありません。実際にやってできないのは、焦り過ぎが、方法の間違いか、努力の不足です。

『無意識の魔力』


「ラク」はブドウからつくるトルコの蒸留酒である。水を加えると白濁しアルコール度数は約50%だ。現代トルコの国父ケアル・アタチュルクが肝硬変で死んだのは、その飲み過ぎによるものという。彼が率いたトルコ革命はオスマン帝国を倒して、イスラム教を国教から外し、トルコを政教分離にもとづく近代国家にした。女性の参政権も西欧の多くの国や日本よりも早く導入している。以来、イスラムの教えを公の場に持ち込まない世俗主義は国是とされてきた。

そのトルコ国会では先月、酒の販売を規制する法案が可決された。イスラムの戒律を守って飲酒しないエルドアン首相の意向で、与党が主導したという。10年間にわたり安定した政権運営と経済成長を達成してきた首相だったが、近年にわかにイスラム色を強めている。そのエルドアン政権に対する抗議デモがトルコ全土に広がっている。発端はイスタンブールの小さな公園の再開発への反対運動だった。だが、警察の弾圧がネットなどで広がると、政権の「強権」への非難が若者らの間で、一挙に燃え上がり、激しい街頭行動に発展した。

参加者らは政権のメディア規制やイスラム色の押しつけなどに不満をあらわにする。そもそも強い政権基盤を持ち、政界に有力な対抗勢力のないエルドアン首相である。その政権が世俗主義の国是をないがしろにすれば、「自由」への脅威は深刻に受け止められよう。「どの若者の心にも一頭の獅子が横になっている」とは若者を侮るべからずというトルコの諺である。エルドアン政権には自由を求める獅子たち軽んずることのなきよう願いたい。

『毎日新聞』6.8


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