加藤のメモ的日記
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2013年05月21日(火) 朝鮮人強制連行

朝鮮人強制連行の語は今日の日本ではよく知られているし、しばしば使われる語である。歴史辞典でもたいがいのものは、強制連行や朝鮮人強制連行の項目が立てられている。そこでの説明からは、次のようなことがわかるはずである。それが行なわれた背景には日中戦争以降の日本男子の出征による労働力不足があったこと。労働者の動員は日本政府が1939年以降、終戦まで毎年策定した計画に基づき行われたこと、暴力的な要員確保が行なわれたことなどである。辞典によっては、朝鮮人を日本軍の兵士や軍族、従軍慰安婦としたことも、強制連行として説明しているケースもある。

朝鮮人強制連行という、この語の使用に否定的な立場の人々の理由の一つは次のようである。すなわちこの語の概念規定が厳密ではなく、使用する人によって兵士・軍属や軍慰安婦まで含めたり、労働者のみに限定したりとさまざまとなっていることである。。

しかし、歴史用語の全てが厳密な概念規定を持つわけではない。むしろ大体の人にある限度の了解事項を持ちつつもバリエーションをもって使用されている語は珍しくない。朝鮮人強制連行の語についてみれば、政府計画に基づき本人の意思にかかわりなく労働者としての朝鮮人を動員したことを最低限そこに含めることは共通の理解となっている。これは歴史辞典の説明を見てもわかるはずである。従って、ある種の幅を持つ概念だということのみをもって、朝鮮人強制連行という語を使用してはいけないということにはならないであろう。

概念規定の問題とは別な理由から朝鮮人強制連行の語を妥当ではないとする人もいる。これは戦時下の朝鮮人動員での強制性についての疑問や、朝鮮人の動員を特別視すべきでないという考えからなされているようだ。前者は要するに経済格差や朝鮮での生活の困難さから日本内地事業所への就労希望者は、当時相当いたのであり、強制などなかったという認識に基づく。

実際に動員計画に基づいて日本内地で働くようになった朝鮮人の証言の中には、自身が希望してやって来た事例があることは確かである。後者は戦時下の日本政府の計画に基づく動員は、朝鮮人に限定されているわけではないという意見である。歴史的事実としてこれも否定できない。徴用されたり、勤労奉仕にかりだされて厳しい労働を強いられた日本人は相当に多い。しかも、国民徴用令による徴用が早い段階から行なわれたのは、朝鮮人ではなく日本人に対してであり、その適用を受けたものの数も日本人が朝鮮人を上回っている。

しかし今日までの歴史研究は、本人の意思に反し暴力的に朝鮮人を労働者として連れてくる行為が行なわれていたことを明らかにしてきた。それは本書でも紹介するように、当事者の証言のみならず同時代の行政当局の資料によっても裏付けられる。また動員を遂行するための制度や政策も日本人と同じではなかったし、暴力的な動員は日本人の間では少なくともそう繁雑に起こっていたわけではない。この見方を覆すに足る新たな資料の解釈が示されない限り、やはり朝鮮人強制連行の語の使用を誤りであるとか問題があるとはいえないであろう。付け加えれば、戦時下に朝鮮人に対して暴力的な動員が行なわれたことは何も狭い歴史学者の世界のみで認められているわけではない。強制連行の被害者が日本政府や企業に被害の補償を求めた裁判では、原告の請求は退けられてはいるが、そのような事実があったこと自体は認定されている。

遅れている研究

もっとも朝鮮人強制連行という語をめぐる議論の中には、歴史研究者が十分説明してこなかった重要な問題、明らかにしてこなかった点があることも認めなければならない。植民地朝鮮には日本内地への就労を希望する人々は存在したし、実際に戦時中も望んで日本内地への就労を選択した朝鮮人はいるのである。ではなぜ、一方で無理やり朝鮮人を連れてくるようなことが行なわれたのか?あるいは、そのような暴力的な動員は普遍的な現象ではなく、特別の時期、地域に起こった例外的な問題だったのではないかという推測を立てることも可能だろう。その場合には、では暴力的な動員を生じさせた要因が何だったのかといった疑問も付随してくる。

また、より過酷な立場に置かれとされる朝鮮人の方が、むしろ日本人より徴用が遅く適用され、その数も少なかったということも理解しにくい話といえる。そもそも同じ日本帝国の領域であった朝鮮で、どうして日本と異なる動員が行なわれたのかについての説明も不足している。朝鮮人に対する動員のあり方について、日本人へ適用する法令や制度、あるいは実態がどのように違うのかを詳細に論じた研究は見当たらないのである。こうした疑問や課題に挑戦しようとする歴史研究者は現代日本ではほとんどいない。というよりも、筆者の知る限り、そもそも朝鮮人強制連行に関心を持って仕事をしている歴史研究者自体がかなり少ないのが現状である。

韓国での真相究明の活動

これに対して動員された人々とその遺族が多数暮らしている韓国では、1990
年代の民主化以降この問題が広く提起され、21世紀に入って政府もさまざまな取り組みを行なうようになった。2004年には法令に基づいて日帝強占下強制動員被害真相究明委員会が発足した。同委員会の設置期限の終了を迎えた2010年には、その業務は対日抗争強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者等支援委員会に引き継がれている。

これらの委員会は、韓国政府が行なう補償の前提としての、動員された本人や遺族の申告に基づく事実調査や動員されて亡くなられた方の遺骨、遺品、関連する歴史的資料や関係者証言の収集、それを編集した資料集や報告書の刊行を進めている。貴重な仕事というべきであるが、まだ朝鮮人強制連行の全体像を明らかにするような報告書は提出されておらず、前項で述べたような疑問が解き明かされたわけではない。

一方、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)でこの問題について近年の歴史研究の動向の詳細は不明である。ただし1960年代までにはいくつかの論文が出されているし、その中では韓国や日本での所在確認されない貴重な資料(おそらく北朝鮮にのみ残っているもの)を利用した研究もある。そもそも戦時中に日本によって動員された人々とその遺族は、北朝鮮にも多数いることは間違いなく、動員で生じた被害に伴う補償の問題が未解決のまま残されていることから、関心は少なくないことが推測される。また、北朝鮮系の在日朝鮮人の民族団体による、労務動員に関する調査活動は1970年代から行なわれており、現在も資料発掘や証言記録などの成果を挙げている。


『朝鮮人強制連行』 外村 大


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