加藤のメモ的日記
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2013年05月11日(土) 変見自在

…貸与駆逐艦が英国に着いたころ、日本が真珠湾を襲う。米国の参戦が決まって「ヒトラーは終わる。日本は粉微塵にされる」とチャーチルの回顧録にある。その言葉通り日本は粉微塵にされ、仕上げにマッカーサーが送り込まれた。彼(マッカーサー)はその悪意と無能さで米国の菅直人だった。彼(マッカーサー)はまず日本を「残忍な侵略国家」に仕立て、その証拠として「残忍な指導者」とそれを実行した「残忍な将兵」を処刑した。彼を敗軍の将にした本間雅晴もこの機に乗じて辱めたうえで処刑した。

「残忍な指導者」の方は昭和天皇の誕生日、昭和21年の4月29日に起訴された。日本人にはどうしても思いつかない悪意だ。そして2年後の12月23日に7人が処刑された。今上天皇の誕生日に当たる。日本人の慶賀の日はずっと無念に散った戦犯の命日と重なり続ける。マッカーサー憲法にも彼の悪意が滲む。ホイットニーは昭和21年2月に「今月22日に幣原に閣議決定させるから、一週間で新憲法をつくれ」とシロタ・ゴードンら民政局職員に命じた。

2月22日は日本の代名詞にもなる桜の木を切ったワシントンの誕生日だ。新憲法は日本を根っこから切り倒した証と言う意味だろう。そして幣原はまさにその日、新憲法を受け入れる閣議決定をしている。彼(マッカーサー)の因縁遊びは続く。憲法はその年の11月3日に公布された。ロシアを倒し白人の世界支配を潰した強い日本の象徴、明治天皇の誕生日に当たる。

その日に日本が丸裸になりますという滅びの憲法を公布する。マッカーサーはこの思いつきにさぞ悦に行ったことだろう。しかし日本人はこの日を「文化の日」と呼び、半年後の施行日を「憲法記念日」とした。彼の悪意は分かり難くなった。「では5月3日を汚そう」と彼(マッカーサー)は考えたかもしれないが、そのうち朝鮮戦争が始まって彼)マッカーサーはクビ。思いを残したまま帰国した。

無念はマッカーサー憲法を押し頂く朝日新聞にしても同じだった。そして何年目かの憲法記念日の当日、朝日の阪神支局が右翼を名乗る男に襲われ、2人が殺傷された。護憲の朝日を、その記念日に襲う。自作自演かと思えるぐらいツボにはまった事件だった。以来、朝日はこの日が来るたびに日本人の至らなさを罵り、9条を守れと命じ、支那朝鮮のいう平和日本を実現しろと叫んできた。今年も同じだろう。そして犯人は捕まらないまま時効が成立する。そういえば「右翼だけに限らない」と意味深な捜査方針を語った警察庁長官はすぐさま狙撃された。不思議な事件だった。



『週刊新潮』高山正之 5.9


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