加藤のメモ的日記
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2013年02月21日(木) 死刑囚の生活空間

東京拘置所の収容定員は3010人。現在、1900人を収容し、取り調べ中の容疑者、裁判中の容疑者、懲役刑などか決定し刑務所への移送を待つ受刑者、拘置所内での炊事や洗濯などの刑務作業を担う受刑者、などのほか2013年1月10日現在で70人の死刑囚がいる。死刑囚の居室は「単独部屋」と呼ばれる部屋。手前に薄緑色の畳が3枚敷かれ、奥にトイレと洗面所がある。トイレの流水レバーや洗面所の蛇口は自殺防止のために突起部分のないボタン式。洗面所上部の壁にはフィルム式の割れない鏡が張り付けてある。

刑務官はドアの小窓から常時、室内を監視できる。このためプライバシーに配慮し、死刑囚がトイレを使う際に腰がら下を隠せる木製のつい立もある。死刑囚が暴れた際に凶器とならないよう、段ボール製のつい立も用意されている。室内の壁は明るい白色で、暗い印象はない。奥の窓ガラスは特別頑丈な「航空機使用」で、開閉は不可能。窓は直接外部と接しておらず、通路を挟んでさらに曇りガラスとよろい戸で覆われた外壁がある。鎧戸のすき間からはわずかに光が差し込むものの、室内から外の風景はほとんど見えない。

死刑囚が使用する浴室は、外部から監視する際に一部が死角となるため、入り口外側の壁に半球形の鏡が取り付けられている。同拘置所での入浴は夏なら週3回、冬は2回。入浴時間は原則1回につき男性が15分間、女性が20分間。時間内であれば、湯船につかるのも体や髪を洗うのも自由という。死刑囚が使用する運動場は両側が壁、正面奥は鎧戸に覆われ、解放感に浸れる雰囲気はない。空を仰ぐ頭上には、二重の金網が張り巡らされている。上から覗きこめる位置に、刑務官の監視用通路がある。

運動時間は毎日1回30分間。他の収容者や職員と一緒に行なうことはできないが、雨でも本人が希望すれば使用できる。履物はサンダルがスリッパと決められ、唯一貸し出される用具は縄跳び。通常は場内で走ったり、歩きまわったり、体操をする程度だという。爪切りも運動時間にすることになっている。食事は主食のごはんが一日1200キロカロリー、副食のおかずは1日1020キロカロリーを基準とする。ただし、主食については体格で微調整する場合もある。予算の範囲内で正月におせち風の料理、クリスマスにはケーキが出されることもある。

刑務官によると、人気メニューは豚肉に韓国風から味噌のコチュジャン、ニンニクなどで味付けした「スタミナ焼き」。取材当日の朝食のおかずは、かつおフレーク、ふりかけ、大根、ナス、インゲンの味噌汁。昼食はスタミナ焼きと切干大根、中華なめこ汁だった。死刑囚は一人で居室内の小型テーブルで食事をする。通常は木製の箸を使用しているが、自殺の可能性がある死刑囚には曲がりにくい紙製のスプーンを与えることもある。

死刑囚が「心情の安定」を目的とした「教誨」(きょうかい・教えや諭し)を、宗教家である教誨師から受ける教誨室は、仏教用とキリスト教用の2室ある。仏教用の部屋は畳の敷かれた和室で、仏壇が備え付けられ、仏教関係の書籍が並ぶ本棚がある。キリスト教用の部屋には十字架やろうそく立て、聖書が備え付けられ、教誨師と死刑囚が賛美歌を合唱するための音楽プレーヤーが置かれていた。死刑囚は規則で指定された物品しか居室に持ち込めず、分量は約120リットル分まで。他に1個当たり55リットルのプラスティックのコンテナケースを3個まで預けられる。金銭は一切持ち込めず、国に預けた形になっている。所持金の範囲内で、おやつや日常品を購入できる。

同拘置所は病院指定を受けており、医療設備は充実している。約10人の医師と約20人の看護士が所属し、CT(コンピューター断層撮影装置)やレントゲン、歯科治療用の機器も備えられている。同室と同フロアに理髪店もある。死刑囚は受刑者と異なり、髪形はルール化されていないが「衛生的でなければならない」との決まりがある。髪を切るのは「衛生係」の受刑者。理髪師免許も持ち主もいるという。同室では、拘置所が作成したリストから選んで映画などのビデオを視聴できる機会もある。ただし、「心情の安定」に資することを目的としているため、殺人や逃走の場面が出るビデオは含まれない。

書籍は自費で一週間に3冊まで購入でき、拘置所が所蔵する「官本」も一週間に3冊まで借りられる。新聞は自費で一般紙とスポーツ紙を1誌づつ購読できる。書籍も新聞も「拘置所の規律秩序の維持を害する可能性がある」と判断された場合は、購入が許可されないこともある。居室で小動物や鳥、魚などの生き物を飼育することはできないが、花瓶などに花を生けることは許可される場合があるという。


死刑囚担当の刑務官は…刑の存在意義に疑問

死刑は一番重い刑罰なのに、次に重い無期懲役のように刑務作業を科せられるでもなく、ただ長期に収容されて病死していく確定者も少なくない。収用だけして執行されない実情に接していると、死刑という刑罰の存在意義に疑問を感じることがある。



『毎日新聞』1.14


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