加藤のメモ的日記
DiaryINDEX|past|will
サラ金で一世を風靡した武富士の旧本社ビル(西新宿8丁目)は大理石の豪華な作りで、バブル時代の栄華を偲ばせる建物だ。武富士の破たん後、不動産会社の手に渡り、今はその広大な1階フロアが都知事候補・猪瀬直樹氏の選挙事務所に使われている。
そこに4日午後、小泉純一郎元首相がやってくるという情報を耳にした。猪瀬氏が都知事選の最有力候補にまでのし上がったのは、もとはといえば2002年、小泉元首相から道路公団民営化推進委員に指名されたからだ。猪瀬氏は公団民営化の立役者として活躍した。その実績を買われて2007年、副知事となり、石原慎太郎知事の国政復帰に伴って、彼の後継者に指名された。かって並ぶものなき権勢を誇った元首相が、みずから政界に引き入れた人気作家をさらにグレードアップさせようと叱咤激励する。その場面を一目見ようと支持者が押し寄せ、大いに盛り上がるだろうと思っていったら、当てが外れた。
集まった支持者は30人足らず。その後ろにテレビ局のカメラが5〜6台並んだが、まるで局の上司に資料映像として使えるだろうから撮ってこいと言われたような、気のない取材ふりである。演壇に立った小泉元首相も冴えなかった。気のせいか顔がくすんで小さくなり、首相時代に発していた強烈なオーラは見る影もない。政治家が引退して毒気が抜けると、こうも変わるものか。
「道路公団の民営化ができたのは猪瀬さんのおかげ。猪瀬さんだから行政の非効率を改革し、東京を輝く世界の大都市にしてくれるんじゃないかと期待しています」元首相は張のない声で型どおりに挨拶を終えると、さっさと車に乗り込んで引き揚げていった。猪瀬氏は元首相の激励を受け「元気が出た。元気が出た」と言っていたが、ほんとだろうか?、むしろ当選確実といわれながら、盛り上がらない選挙戦に戸惑っているように私には見えた。
だいたいこの選挙事務所は広すぎて人の温もりや熱気が感じられない。1票でも多くかき集めようと血眼で動き回るスタッフの姿も見えない。私は何十回も選挙を取材してきたが、こんなに閑散とした選挙事務所は初めてだ。しかし、それでも自公両党と維新の会がバックについているから猪瀬氏の優位は揺るがない。都知事になったら、彼は石原以上に強くて決断力のある指導者役を演じようとするだろう。うまくすれば将来、首相になるチャンスが巡ってこないとも限らないから。
佐高信さんの新刊『自分を売る男・猪瀬直樹』(七つ森書館)の冒頭にこんな場面が出てくる。《小泉に重用されていた頃、猪瀬は講演で演壇に携帯を置き、「総理から連絡があるかもしれませんから」と断って話をはじめ、途中で電話が鳴ると、それに出て「今、総理から相談がありました」と語ったという。笑い話にしかならないことを本気でやる人間なのである》佐高さんの言う通りだ。猪瀬氏は権力のためなら「笑い話」にしかならないことを本気でやる人間だ。だからこそ怖いのである。例えば、佐高さんも指摘するように、石原氏が今年4月、米国講演で尖閣諸島買い上げ計画を公表した時、寄付で資金を集めようと言い出したのは猪瀬氏だった。
それだけではない。尖閣諸島を所管する沖縄県石垣市の中山市長と石原知事の間をつないだのも猪瀬氏である。都が寄付口座を開いたら、予想を超える約15億円が集まった。さらに中山市長が漁民の緊急避難用の舟だまりや電波塔、灯台をつくってほしいと石原都知事に要請したことが、都による買い上げを正当化した。猪瀬氏の発想と人脈があったからこそ尖閣買い上げ計画が急進展したのである。問題はこれからだ。安倍内閣が誕生すれば尖閣諸島問題は新たな局面を迎える。野田政権が国有化で封印した船だまりなどのインフラ整備問題が再浮上し、日中関係は緊迫する。その火種となるのが、約15億円の寄付金だ。
猪瀬氏が都知事になれば寄付金をインフラ整備に使えと政府に求める。政府が応じると、中国はそれを阻止するために軍事行動を発動させ、武力衝突が起きるだろう。この最悪のシナリオが現実になる恐れは十二分にある。なぜなら猪瀬氏は『解決する力』で、東京都が自民党総裁選のとき各候補者に尖閣問題に関する考えと、船だまりなどをつくるのかと問う公開質問状を出したことに触れ、次のように語っているからだ。
「安倍さんも石破さんも東京都の条件に理解を示してくれた。/政権が交代するまでは、東京都が何らかの行動を起こすのは無理だろう。政権交代を待って、政権が代わってから、その時こそ、寄付金を使って石垣の漁民が安全に漁をできるように、ヤギを駆除して尖閣諸島の自然が守られるように、当初の目的を達成すればよい」石原氏の影に隠れて目立たなかったが、実は猪瀬氏は石原氏顔負けの対中国強硬論者である。
今年8月15日、香港の活動家らが尖閣諸島に上陸して沖縄県警に逮捕された数日後には彼はツイッターでこんな発言をしている。「泳いで来るのだから、こちら側から蹴りを入れれば一発だよ。水に顔を突っ込み、参ったかとやりグロッキーにして上陸させず来た船に帰してやればよかっただけのことだよ。こんなもん、ケンカのイロハだ」「尖閣諸島、香港の活動家をなぜ水際で阻止しなかったのか。旗を立てさせたのか。上陸する間際、空手や柔道で気絶させ自分たちの船に担いで送り返すぐらいの『親切』が守る側の気迫だろう。民主党政府の安易さは史上最低だ」
この発言に対し、経営コンサルタントの宋分州さんはツイッターでこう嘆いた。「民間人に対して『蹴りを入れれば一発だよ。水に顔を突っ込み』を警察に要求するとはとても民主主義や人道主義を標榜する日本の首都の副知事と、日本を代表する作家の言葉に思えない。猪瀬さん、私は悲しいです」私も昔ちょっと憧れた作家が排外主義の虜になるさまを見るのは悲しい。猪瀬さん、東シナ海を火の海にしないでほしい。それが作家の義務ではないか。
『週刊現代』12.22
|