加藤のメモ的日記
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まあ、恥知らずの人間をいろいろ見てきたが、本人が世襲のボンクラなのに、さんざん郵便局長の世襲を非難していた小泉純一郎ほど見事なクサレは見たことがない。「自民党をブッ壊す」と言っておきながら、その実この日本国民の多くの生活を破壊し、ボンクラ息子を自分の後釜に据えるあさましさ。純一郎そっくりの吊りあがった糸くずのような目を持つ息子の進次郎たるや何の社会的経験もなく、四流大学を出してもらい、履歴書粉飾のためにコネでアメリカの大学やシンクタンクにちょっとだけ在席させてもらっただけ。
それがいきなり、親父の跡を継いで代議士になるというんだから大したもんだ。大仰なものの言い方をし、今では青年局長とかなんとか言われている。昔から、こういう親馬鹿とアホボンの話はごろごろ転がっている。「売り家と唐様で書く三代目」という川柳がある。初代が苦労して築き上げた財産も三代目となると食いつぶす。その代り、趣味に明け暮れて「唐様」という中国の書法で字を書くだけの洒落たことはできるようになる。財産を食いつぶして、どうしようもなくなり、初代が建てた屋敷にその洒落た「唐様」で「売り家」と書いた札を下げる、という意味である。
小泉純一郎は、政治屋として三代目だが、運よく選挙区を手放さず、森派の後押しと当時人気だった田中真紀子の応援で首相まで上り詰めた。これが、日本にとって戦後最大の厄介となった。政治屋が陣笠代議士から大臣に成り上がるまでのことを表現して昔の自民党の政治家がこういった。「ボウフラも、人の血を吸うような蚊になるまでは、泥水飲み飲み浮き沈み」自分たちのことをありのままに表現してうまいことを言うもんだと感心したが、みごと、人の血を吸う蚊、寄生虫が小泉家だ。
小泉元首相の私怨論
これは割とよく知られている話で、小泉家というのは神奈川で代々、郵政族だった。特に祖父の小泉又次郎は浜田雄幸内閣の通信大臣を務めたこともあり、小泉元首相が、目の敵にしている特定郵便局長のネットワークをつくった人で、北朝鮮への帰国運動を推進した一人である。防衛長官をやった父・小泉純也も選挙では特定郵便局にも協力してもらった。
ところが、父急死で当時、ロンドンに留学していた若き純一郎は、急きょ選挙に出ることになった。1969年のことだ。ところが、選挙区の神奈川2区(旧中選挙区)で後に新自由クラブ代表を務めた田川誠一に、特定郵便局は支持にまわってしまう。それで純一郎は、次点で落選してしまう。これで特定郵便局を恨み、アンチ郵政となり、郵政選挙を行ない郵便局の民営化を行なった。崇高な理念などはなく、単なる私情による行動であった。
『週刊朝日』
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