加藤のメモ的日記
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2012年12月19日(水) 猪瀬初当選

やっと俺の時代が来た

首都東京の新しい顔には、猪瀬直樹氏(66)が決まった。石原慎太郎氏(80)の辞職にともなう都知事選の投票が16日に行なわれ、前副知事の猪瀬氏が初当選を確実にした。5年5カ月にわたり副知事として都政を支えた実績をアピール。4期務めた石原氏に後継指名されたことに加え、公明、維新の支持、、自民の支援を受け、選挙戦を優位に進めていた。故青島幸男氏石原氏に続き、3代連続の作家知事が誕生した。

13年半ぶり
NHKテレビは午後8時、猪瀬氏の当選確実を文字情報で流した。投票が8時で締め切られた後、わずか1分後の速報。共同通信も8時4分に当選確実を報じた。猪瀬氏の圧勝ぶりを物語っていた。

13年半ぶりに首都のリーダーが交代した。猪瀬氏は先月29日の告示後、石原都政の継承をアピール。地下鉄の一元化や、都が株主になっている東京電力の経営改革など、副知事としての実績を訴えてきた。10月31日付で石原氏が辞職した後、知事の職務代理者を務め、都政に空白をつくらないことにも尽力した。前日15日の街頭演説では「東京が日本の心臓。国そのものを東京が動かしていく。皆さん一緒にやりましょう。」と呼びかけ、都民1300万人をけん引きする意欲を示していた。

有利な展開

知事の仕事を意識したのは、昨年3月の東日本大震災だったという。非常事態になると、役所で定めたルールが役に立たない。いつ起きるかわからない首都直下地震に備え、早急の準備が必要だ。「発想力、決断力のあるリーダーでないと務まらない」告示後「決断、突破、解決力」をキーワードに設定。「決断する力」「解決する力」などの著書で実行してきたノウハウを都民に説明した。

参院選と重なった影響で有力な顔ぶれが出そろわず、都知事選は盛り上がりを欠いた。民主、自民両党が衆院選を優先し、独自候補を擁立せず猪瀬有利に動いた。世論を背景に独自の施策をおし進めてきた猪瀬氏のスタイルには、反発する都議会関係者が少なくない。作家の発想を副知事の仕事に生かしてきたと自認する新副知事は今後、政治家としての調整力も試されることになる。


猪瀬氏アラカルト

1946年(昭和21)長野県長野市生まれ。3歳のとき小学校教師の父親を狭心症で亡くす。歌人の母親に育てられ、世界文学全集など、数多くの本を与えられる。医学部を目指したが失敗し、信州大学文学部に進学。全共闘の学生運動に参加する。大学卒業後出版社に勤務する。

作家活動

日本の近代史を学ぶため、‘72年に明大大学院政治経済学研究科に入学、政治学者の橋川文三氏に師事、日本思想史を研究する。‘75年に大学院卒業後、作家を目指す。‘83年大正天皇崩御後に起きた元号誤報事件を掘り下げた「天皇の影法師」で作家デビュー。‘87年、西武鉄道グループと皇族の関係を描いた「ミカドの肖像」で大宅壮一ノンフィック賞を受賞した。


国政参加

‘96年に雑誌で連載した「日本国の研究」で日本の権力構造の実態を詳述。特殊法人改革の機運を起こした。これをきっかけに‘01年、政府の税制調査会委員と行政改革断行評議会委員に就任する。小泉純一郎首相(当時)に依頼されて、02〜05年に道路関係4公団民営化推進委員会委員を務め、公団の分割民営化を達成した。健康維持のため、2年前にジョギングを始める。65歳の今年2月26日、東京マラソンでフルマラソンに初挑戦。制限時間の7時間に間に合い、6時間40分でゴールした。現在も月間80キロを自らに課している「最近、運転免許の更新に行ったら、5年前の写真よりも若かった。すごいね」




『日刊スポーツ』12.17


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