加藤のメモ的日記
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2012年12月17日(月) 安倍自民独り勝ち

政権奪取

第46回衆院選は16にtに投票、即日開票された。共同通信社が全国で実施した出口調査で、自民、公明両党の獲得議席は合わせて過半数(241議席)を上回り、約3年3カ月ぶりに政権奪取するのが確実な情勢となった。自民党の安倍晋三総裁は26日にも特別国会で再び首相(第96代)に指名され、公明党との連立政権が発足する運びだ。民主党は選挙前の230議席を大幅に減らし惨敗となる方向である。政府筋は野田佳彦首相(民主党代表)が退陣するとの見方を示した。第三局では日本維新の会が議席を増やし、日本未来の党は選挙前から後退する見通しだ。

政権投げ出しを乗り越え復活

5年前の突然の首相辞任で「政権投げ出し」と批判を浴びた挫折を乗り越え、国のかじ取りに改めて挑む。1955年の自民党結党以来初の首相再登板となる。タカ派の論客として知られ、自衛隊を国防軍ち位置付ける憲法改正や集団的自衛権の行使容認に意欲を示していることから、右傾化を懸念する声も出ている。

小泉純一郎元首相の後継として2006年9月、52歳で戦後生まれ初の首相に選ばれた。祖父が岸信介、大叔父が佐藤栄作両首相、父は晋太郎元外相という政治家一家で育った。小泉政権で自民党幹事長、官房長官の要職を歴任した。首相時代は「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げて改憲手続きを定めた国民投票法、改正教育基本法を成立させたが「消えた年金」問題や閣僚の相次ぐ不祥事によって2007年7月の参院選で惨敗した。

衆院と参院で多数派が異なる「ねじれ国会」の中、持病の潰瘍性大腸炎が悪化し、9月の臨時国会で所信表明演説を行なった2日後に辞任表明した。在任期間は1年だった。2009年の政権交代後、保守系議員の勉強会「創生日本」を中心に改憲や領土問題を議論し、表舞台に復帰する機会を待った。首相の座から降りる要因となった持病は「画期的な新薬で回復した」とアピール。首相在任中に批判された「お友達」重宝の政治から脱皮し、指導力を発揮できるか問われることになる。



200兆円公共事業 米従属外交 圧勝自民の批判政党がいない

世論調査や選挙中の情勢調査の結果だけ見れば選挙結果は「当たった」ことになるが、その中身は検証すべきこと多しだ。自民党は過去の反省を踏まえて「もう、前の自民党ではありません」と党総裁・安倍晋三が訴えたが、政策の軸にしながらさして前面に出さなかったのが国土強靭化計画という名の公共事業政策だ。それも持って景気回復を実現しようというものだが、高度成長期につくられた橋やトンネルなど、老朽化した公共インフラを整備するという大義のもと、年間20兆円、10年間で200兆円を突っ込もうというのだから驚く。

また自民党は「民主党が壊した日米関係を修復する」と各幹部が口々に訴えたが、それは日米同盟でありながら、アジアに軸足を動かそうとした外交戦略に米サイドが不信感や危惧を持ったことで、崩れかけたのは信頼関係だ。この先に待つのは、修復のためと米国のさまざまな強硬な要求を鵜呑みにする外交という名の従属だ。まして国防軍やら憲法改正と、この動きを米国が評価するとも思えない。自民党は政権に復帰したと同時に選挙戦で訴えてきた政策を大幅に軌道修正せねばならないだろう。また強引に推し進めようとすれば、連立の相手を「公明党から日本維新の会への入れ替えもありうる」(政界関係者)など混乱も予想される。

さて民主党は、政権交代という55年体制から09年体制を構築したにもかかわらず、いくつか手法こそ変わったものの、政権維持のためには官僚とタッグを組まざるを得ないと気付き、結果、霞が関に籠絡され最終的には自民党政治に近づいた。政権運営の稚拙さから霞が関の言い分を丸のみという最悪の結果に国民は期待した分、反動が大きくがっかりしたのだろう。

今後、再度2009年体制は再構築できるのだろうか。2大政党制の実現を持って小選挙区制を変えようという動きが活発になるだろう。来夏の参院選には多くの民主党落選組が鞍替えして挑戦するだろうが、参院を主導する興石幹事長が誰を野田首相の後継にして選挙に挑むのか。党はただちに代表選挙に入るだろう。ただねじれ状態が続く政界に活路を見出そうとするようでは、09年体制や民主党復活には程遠い。解党的出直しどころの騒ぎではない。

さて日本未来の党は国民の生活が第一を吸収して戦ったが浸透度にかけ、惨敗となった。合併せずにこのまま国民の生活が第一として選挙に臨んだ方が支持を得られたのではないか。小沢一郎の判断に陰りが見えたのか。一方。日本維新の会はなりふり構わわぬ選挙戦で近畿では善戦したものの、東日本では厳しい戦いを強いられた。ここでも党代表・石原慎太郎と太陽の党合併が相乗効果になったとはいえない。政党の浸透度は国民への信頼とするならば、時間切れは否めない。これから各党建てなおいを始めるだろうが、自民党圧勝を批判し、チェックする政党が皆無なことが心配だ。



松本元復興相も 福岡1区

元復興対策担当相で民主党前職の松本龍氏が、自民党新人の井上貴博氏に敗れ、96年から守ってきた小選挙区の議席を明け渡した。昨年7月、東日本大震災の震災地で、「知恵を出さない奴は助けない」などと放言し、復興担当大臣を辞任した。その後、体調を崩して一時入院した。民主党政権への批判にもさらされる厳しい選挙戦。初代参院副議長で「部落解放の父」と呼ばれた祖父冶一郎氏から代々受け継いできた「松本党」と呼ばれる厚い地盤が崩される中、あえて「東北の復興」を熱心に訴えたが有権者の心をとらえられなかった。



『日刊スポーツ』12.17


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