加藤のメモ的日記
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2012年12月12日(水) 誰が生命の暗号を書いたのか

サムシング・グレートの存在を感じるとき

ヒトの遺伝情報を読んでいて、不思議な気持ちにさせられることが少なくありません。これだけ精巧な生命の設計図を、いったい誰がどのようにして書いたのか。もし何の目的もなく自然にできあがったのだとしたら、これだけ意味のある情報にはなり得ない。まさに奇跡というしかなく、人間業をはるかに超えている。そうなると、どうしても人間を超えた存在を想定しないわけにはいかない。そういう存在を私は「偉大なる何者か」という意味で10年くらい前からサムシンググレートと呼んできました。

このことに関して私には印象深い思い出があります。以前にラッセル・シュワイカートさんという宇宙飛行士の方にお目にかかったことがあります。数日間ホテルでご一緒し、いろいろな話をしたのですが、その時シュワイカートさんは次のようなことを話してくれました。「宇宙から地球を見ていると、地球はただ美しいだけでなく、まさに生きていると感じられる。その時自分は地球の生命とつながっていると感じた。地球のおかげで生かされていると思った。それは言葉でいい尽せない感動的な一瞬だった」

地球は生きているということを、私たちは言葉のうえでは知っていいますが、日常生活の中ではなかなか実感できるものではありません。彼も遠く離れた宇宙空間に出てみて初めてそれを肌で感じたのです。彼は地球を離れるというマクロの視点から見て感じたわけですが、私の場合はどうかというと、遺伝子という超ミクロの世界に降り立って、シュワイカートさんと同じ感動を味わうことができたのです。

実際に遺伝子の世界は、ふれればふれるほどすごいと感じてしまいます。目に見えない小さな細胞。その中の核という部分に収められている遺伝子には、たった4つの科学の文字の組み合わせで表される30億もの膨大な情報が書かれている。その文字もAとTとCとGというふうに、きれに対をなしている。この情報によって私たちは生かされているのです。しかも人間だけではない。地球上に存在するあらゆる生き物、カビなどの微生物から植物、動物、人間まで含めると、少なく見積もっても200万種、多く見積もると2.000万種といわれている、これらすべてが同じ遺伝子暗号によって生かされている。

こんなことがあってもいいものか。しかし現実にあるのですから否定のしようがありません。そうなると、どうしてもサムシング・グレートのような存在を想定しないわけにはいかなくなる。シュワイカートさんは宇宙から帰還後、自分の経験、感動を世界中の人に伝えたいと講演して歩いておられるのですが、それは彼がサムシング・グレートの存在を感じ、それをどうしても伝えたいという気持ちにかられているからで、私も今、同じような気持ちをもっているわけです。

サムシング・グレートとは「こういうものである」とはっきり断言できる存在ではありません。大自然の偉大な力ともいえますが、ある人は神様といい、別の人は仏様というかもしれません。どのように思われてもそれは自由です。ただ、私たちの大もとには何か不思議な力が働いていて私たちは生かされている、という気持ちを忘れてはいけないと思うのです。いくら自分で「生きるぞ」と気力をふりしぼってみても、遺伝子の働きが止まれば、私たちは一分、一秒たりとも生きてはいられません。その私たちが100年前後も生きられるのは、大自然から計り知れない贈り物をいただいているからなのです。

今の科学者は生命について、いろいろなことを知るようになりました。それでも一番単純な、わずか細胞一個の生命体である大腸菌一つもつくることはできません。ノーベル賞学者が束になってかかっても、世界中の富を集めてきても、これだけ科学が進歩しても、たった一つの大腸菌すらつくれないのです。だとすれば、大腸菌に比べたら60兆という天文学的数値の細胞からなる一人の人間の値打ちというものは、世界中の富、世界中の英知をはるかに上回るといっていい。私たちはサムシング・グレートから、それだけすごい贈り物をいただいているのです。

私たちはよく「親に感謝せよ」といいます。親は自分を生んで育ててくれた。そのことに感謝せよという。これは割に納得がいくことなので私たちは親に感謝します。しかし、親にはその親がいて、その親にはまた親がいてと、さかのぼっていけばその先の親の元、「生命の親」のような存在があっても不思議ではありません。自分の親に感謝するということは、そのずっとさかのぼった先にいる親にも感謝することに繋がらないか。それは目には見えないけれど、生命の連続性からいって、存在することは確かです。そういう人間を超えた大きな存在によって、私たちは生かされているという事実を、まずしっかりと見つめることが大切ではないか。私は研究現場で遺伝子と付き合ううちに、そういうことが少しずつわかってきたのです。



『生命の暗号』


加藤  |MAIL