加藤のメモ的日記
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国民の期待はあっという間に冷めていった
原発事故は民主党による人災でもあった
「16日衆議院解散」宣言が飛び出した今回の党首討論会で一番印象的だったのは、野田でも安倍晋三でもない。結党の立役者であり、現「国民の生活が第一」代表・小沢一郎でした。ボソボソと独り言のように話す小沢からは、3年3ヶ月前の政権交代で、シナリオライター兼演出家として、剛腕を振るった面影はありませんでした。短い政権下で翻弄され、総理大臣の椅子に座ることなく、表舞台を去った名優のようでした。
外交を鳩山由紀夫に任せたことが、小沢の最初のミステイクでした。”宇宙人”の無軌道でKYな振る舞いと発言が、盤石だった傀儡政権をほころばせていきました。なかでも、周囲を唖然とさせたのは、‘09年11月14日に、来日中のオバマ米大統領が都内で行なったアジア政策についての演説を欠席したことです。すでに鳩山は東アジア共同体発言でホワイトハウスの不評を買っていただけに、これはアメリカを軽んじる致命的な行動でした。それが翌2010年5月のの米軍普天間基地をめぐる大迷走へ繋がっていったことは言うまでもありません。それにしても首相辞任を勧められた鳩山が小沢を幹事長辞職という道連れにするとは小沢も予想できなかったはずです。小沢は転がる石のように、落下をはじめました。
鳩山と小沢がセットで消えたおかげで、総理大臣の座を射止めた菅直人は、最初に高いハードルを越えることが長期政権につながると思い込んだのでしょう。2010年7月の参院選前に突然、消費税10%を打ち出し、自民に大敗しました。さらに菅は小沢を悪役に仕立てることで党内運営を図るという賭けに出ました。しかし核を失った民主党の政権基盤は弱体化の一途を辿りました。外国人献金問題が発覚して、菅政権崩壊目前のところで東日本大震災が発生しました。菅のドタバタぶりは目を覆うばかりでしたが、結果的に震災が瀕死状態だった菅政権を延命させてしまいました。
そして想定外の野田どじょう政権が誕生します。久しぶりに総理大臣の器が登場したと思いました。野田は愚直に消費税増税法案を成立させましたが、尖閣諸島、竹島問題では関係諸国に足元をみられ、挙げ句の果てに尖閣国有化宣言で反日感情を徒に高めることになりました。この間に小沢はついに民主党を離れます。聞こえのいいマニュフェストや仕分けなどが象徴するように、中学生の学芸会のような政権でしたが、役者不足で配役下手。民主党はわずか3年3カ月の政権で、首相は3人を数え、改造内閣を含めれば8回も組閣をしています。この先民主党政権が成立することになってもこんな”閣僚製造機”のような政権にならないことを祈るばかりです。
『週刊現代』12.1
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