加藤のメモ的日記
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母の介護でわかったこと
湯島の旅館街と、浅草の浅草寺付近を視察に回ってきました。以前はどちらも全国から来る観光客で賑わっていたのもですが、今や頼りは中国人観光客なんですね。ところが周知のように、4月に石原慎太郎前東京都知事(80歳)が、「尖閣購入」をブチ上げたことがきっかけとなって、政府が尖閣諸島を国有化し、中国人観光客が激減しました。そのため、湯島と浅草の観光業の方々は、大変な思いをしています。湯島と浅草ばかりか、中国とビジネスをしている都内の企業も総崩れ状態です。
石原氏はこうした都民の生活については全く考慮せず、勝手に尖閣危機を煽っておいて、自分はポイと職場放棄してしまった。あれだけ躍起になって集めていた、尖閣購入のための14億円の募金はどうするのでしょう。そもそも外交と防衛は政府の専権事項というのが万国共通です。そんなに外交に興味があるなら、姉妹都市との交流事業を促進するとか、都下の中小企業の貿易を拡大させるといった政策に心を砕けばいい。都知事は基本的に、都民の生活向上に尽力することに専念すべきです。
ちなみに東京都の姉妹都市のひとつは、中国の首都・北京市です。東京と北京との交流は、石原都政下の13年半で、大いに停滞しました。北京市からさまざまな代表団が東京都を訪れても、石原氏はほとんど、面会にすら応じません。北京市のトップは郭金龍という胡錦涛主席の側近で、日本との交流に積極的な政治家です。国同士の関係がギクシャクしていたら、東京と北京から両国の改善を促していく。それが石原氏が唱える「東京から日本を変える」ということではないでしょうか。
それなのに石原氏は、中国を「シナ」と呼び、中国人を「シナ人」と呼んで蔑んでいる。相手が呼んでほしくない呼称で呼ばないというのは、現代の文明人としての「いろはのい」でしょう。石原都政というのは、一言でいえば、常に仮想敵をつくり、「敵と戦う正義の味方」の面をする典型的なポピュリズム政治でした。例えば、銀行を敵にして外形標準課税を導入し、分が悪くなると新銀行東京を創設しました。ところが1500億円もの損失を出しても、全く責任を取ろうとしない。
私が厚労相を務めていた時代には、都の社会保障を「税金の無駄遣い」と一刀両断して大幅カットし、社会保障の現場を大混乱に陥れた。私は個人的にも母親を介護した経験がありますが、単純な利害得失で図れないのが社会保障というものです。それなのに石原都知事は、弱者の視点に立つことができない政治家でした。そして最後は「悪の中国」という世論を喚起し、都の経済をメチャメチャにした。それにまんまと煽られた野田政権も問題ですが、問題の発端は石原前都知事です。
なぜダメな候補ばかりなのか
石原氏は、10月25日に1時間にわたって行なった都知事辞任の記者会見で、延々と官僚批判をブチました。これもお得意の、「敵」をつくって正義の味方面をする論法です。私は、今の民主党政権ができる以前、安倍首相、福田首相、麻生首相と3人の首相を下で厚労大臣を務めました。その時、厚労省には57.000人もの官僚がいました。
官僚も人間ですから、個人的にはいろんな人がいますし、社会保険庁の官僚に対して怒ったこともありました。しかし、彼らを敵に回してはどんな立派な政策を掲げても、何も動きません。官僚を敵視する政治がうまくいかず、結局役人に牛耳られてしまうことは、民主党政権のこの3年余りの失政で証明されたようなものではないでしょうか。私は官僚というのは敵ではなくて、国民生活向上のために一体となって戦う味方だと考えています。政治家が本気で国民のために政治を行なおうとすれば、敵は他にいることがわかるはずです。
例えば私は、自民党が族議員たちの私利私欲にがんじがらめにされている状況を嘆いて、自民党を離党したわけです。自民党はこの3年間は、野党で利権がないので、こうした旧態以然とした体質を浄化する絶好のチャンスでした。しかし、安倍新総裁が誕生した9月の総裁選を見ていると、以前と何も変わっていない事がわかりました。
さて、石原前都知事の辞任会見でもう一つ気になった点がありました。それは、「次は猪瀬さん(副知事)がふさわしいと思う」などと言って、勝手に後継者を指名したことです。私は思わず、「あなたは独裁国家の将軍様ですか?」と聞いてやりたくなりました。前述のように、厚労大臣を務めたわずか2年余りでも、当時の総理大臣も含めて、私が在任期間最長の大臣でした。すると周囲の官僚たちは、だんだんぺこぺこと私におもねってきます。そんな姿を目にするたびに私は、気をつけないと自分を見失ってしまうと自戒したものです。
このたびオバマ大統領が再選されましたが、アメリカの大統領も、規定で2期8年までしかできません。ところが石原氏は、4期13年半も都知事をやっていたのですから、すっかり”将軍様状態”に陥ってしまったのでしょう。だから平気で1300万都民を犠牲にできる。まったく無責任の極みです。無責任と言えば、自分が任期半ばで職を投げ出してしまうことによって、どんな悪影響が出るかということにも無頓着なのには呆れました。公職選挙法の規定によれば、都知事が任期途中で辞任した場合、50日以内に都知事選挙を行ない新たな都知事を選出することになっています。
ところがこの規定は、病気や不慮の事故など、緊急事態を想定したもので、石原氏のような無責任な知事のためにある規定ではありません。そのため、非常に中途半端な都知事選にならざるをえません。本来なら、石原都知事の人気は2015年4月までなので、次の都知事選を目指す候補者たちは、少なくともその半年前から1年くらい前から、様々な立場の人の意見に耳を傾けながら、じっくりと自己の政策マニュフェストを練り込んでいきます。ところがたった50日間では、落選中の政治家くらいしか手を上げられません。都知事を目指しているような人たちは皆、それぞれの要職に就いているからです。これは、このような中途半端な形で都知事を選ばざるを得ない有権者に対しても、大変失礼なことです。
こうした無責任さが露呈したため、都知事を辞任した石原氏は「新党を創る」と意気軒高ですが、すっかり空回りしています。永田町では石原氏に対する冷めたムードが充満していて、誰かの名言ではありませんが、「晩節を汚した暴走老人」扱いです。これは政党によらず、国会議員たちにほぼ共通した見解です。
昨年4月の都知事選挙のとき、かっての石原氏の盟友である森元首相が、石原都知事に再出馬の要請をしました。その時、石原氏は、次の自民党総裁選で長男の伸晃(のぶあき)前幹事長を推すことを条件に承諾したと、『産経新聞』が書いています。これが事実なら、言語道断です。政治は公のものなのに、これでは完全に政治の私物化ではありませんか。だが、さもありなんとな思います。もし仮に伸晃氏が9月の自民党総裁選に勝利していたなら、石原氏は都知事をやめなかったことでしょう。そんなに息子が可愛いなら、伸晃氏と、落選中の3男・宏高前代議士とを、自民党から離党させて、自分の「新党」に入れたらよいではありませんか。
革命は成し遂げられるか
9月に中国各地で反日暴動を起こした中国の若者たちに「文明の作法」が欠如しているのは自明の理です。しかし、その騒乱のタネを作ったのは、石原慎太郎というポピュリズム政治家なわけで、石原前都知事の責任が問われてしかるべきです。尖閣諸島はそもそも、日本が実効支配しています。「尖閣に領土問題は存在しない」というのが日本政府の公式見解ならば、黙ってそのまま実効支配を続けていればよかったわけです。それを石原前都知事が「東京都が購入する」などと「越権行為」を始めたことで、”日中冷戦”となってしまいました。国士を気取るのであれば、「和をもって尊しと為す」と説いた聖徳太子の教えから勉強し直すべきでしょう。
私は、厚労相時代に、新型インフルエンザの対策を講じた際、TVを厚労省に入れました。そしてある時は午前6時に、またある時は深夜1時に大臣の私が記者会見をやって、この対策に厚労省が全力を挙げて取り組んでいるという姿勢を、国民に理解してもらったのです。それによって、新型インフルエンザによる死亡率を、世界最低に抑え込むことに成功しました。
石原氏のように、意見が異なる人は皆敵だという発想に立てば、民主党や自民党のような大政党では、内ゲバが起こってしまいます。敵を作るのではなく、なるべく多くの人を味方につけ、文明の作法に則って、風格ある政治を行なう。行なう。それが私の志す政治です。私は自民党を飛び出して「新党改革」を作り、少数政党の悲哀も味わってきました。何せ国会では、議員が5人に満たない政党は、質問にさえ立てないのです。国会議員になって11年余、余命の続く限り、この日本をもっと素晴らしい国にしたい、そのために自分の微力を生かしたい、そう考えるだけです。
『週刊現代』11.24 舛添要一
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