加藤のメモ的日記
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2012年11月28日(水) さらば民主党

まるで閣僚製造機 国民の期待はあっという間に冷めていった

「16日衆議院解散」宣言が飛び出した今回の党首討論で一番印象的だったのは、野田でも、言質を取った安倍でもない。結党の立役者であり、現「国民の生活が第一」代表・小沢一郎だった。ボソボソと独り言のように話す小沢からは、3年3ヶ月前の政権交代で、シナリオライター兼演出家として剛腕を振るった面影はなかった。短い政権下で翻弄され、総理大臣の椅子に座ることなく、表舞台を去った名優のようだった。

外交を鳩山由紀夫に任せたことが、小沢の最初のミステイクだった。”宇宙人”の無軌道でKYな振る舞いと発言が、盤石だった傀儡政権をほころばせていった。なかでも周囲を唖然とさせたのは、2009年11月14日に、来日中のオバマ大統領が都内で行なったアジア政策についての演説を欠席したことだった。すでに鳩山は東アジア共同体発言でホワイトハウスの不評を買っていただけに、これはアメリカを軽んじる致命的な行動だった。それが翌2010年5月の米軍普天間基地をめぐる「最低でも県外」という発言が、大迷走へと繋がっていったことはいうまでもない。それにして首相辞任を勧められた鳩山が小沢を道連れ(幹事長辞職)にするとは、小沢も予想できなかったはずだ。小沢は転がる石のように、落下を始めた。

鳩山と小沢がセットで消えたおかげで総理大臣の椅子を射止めた菅直人は、最初に高いハードルを越えることが長期政権につながると思い込んだのだろう。2010年7月の参院選前に突然、消費税10%を打ち出し、自民に大敗した。さらに菅は小沢を悪役に仕立てることで党内運営を図るという賭けに出た。しかし、核を失った民主党の政権基盤は弱体化の一途を辿った。

外国人献金問題が発覚して、菅政権崩壊目前のところで、東日本大震災が発生した。菅のドタバタぶりは目を覆うばかりだったが、結果的に震災が瀕死状態だった菅政権を延命させてしまった。そして、想定外の野田どじょう政権が誕生する。久しぶりに総理大臣の器が登場したと思った。野田は愚直に消費税増税法案を成立させたが、尖閣諸島、竹島問題では、関係諸国に足元をみられ、挙げ句の果てに尖閣国有化宣言で反日感情を徒に高めることになった。この間に小沢はついに民主党を離れる。

聞こえのいいマニュフェストや仕分けなどが象徴するように、中学生の学芸会のような政権だったが、役者不足で、配役下手。民主党はわずか3年3ヶ月の政権で、首相は3人を数え、改造内閣を含めれば8回も組閣をしている。この先民主党政権が成立することになっても、こんな”閣僚製造機”のような政権にならないことを祈るばかりである。



『週刊現代』12.1


加藤  |MAIL