加藤のメモ的日記
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2012年11月21日(水) 核保有の研究を

日本維新の会の石原慎太郎代表は20日、東京都内の日本特派員協会で講演し「日本は核兵器に関するシュミレーションぐらいやったらいい。これも一つの抑止力になる。持つ、持たないは先の話だ」と述べ、核兵器保有について研究すべきだとの考えを示した。石原氏はこの発言に先立ち、「核を持っていないと発言権が圧倒的にない。北朝鮮は核開発しているから、米国もハラハラする」と指摘した。核兵器の有無が外交力を左右するという認識を示した。

また、これまで中国を「シナ」といってきた理由を「孫文が作ったもので、悪い言葉ではない。日本人にとって中国とは広島県と岡山県だ」と語った。その上で日中関係について「仲良く、友好に進むのは好ましいが、シナの覇権主義で日本が第2のチベットになることは絶対に好まない」と、けん制した。


鳩山元首相、衆院選に出馬せず

民主党の鳩山由紀夫元首相(65)衆院北海道9区は20日、、衆院選(12月4日工事、16日投開票)に立候補しない意向を後援会幹部に伝えた。鳩山氏は20日夜、東京都内の自宅前で記者団に対し、21日に野田首相に会ったうえで記者会見をすることを表明した。「私は民主党に心から愛着を持っている。自民党を飛び出し、民主党を作って行動してきたことを大事にしたい」と語り、無所属や他党から立候補する考えのないことを示唆した。

鳩山氏は消費税増税法案に反対して、党員資格停止処分を受けたほか、野田首相の進める環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉への参加にも反対を明言している。17日には衆院選出馬に意欲を示す一方で「自分の信念を曲げるつもりはない」とも強調した。民主党執行部は消費増税やTPP推進に反対する候補者は公認しない方針で、鳩山氏の対応が注目されていた。

鳩山氏は当選8回。自民党から新党さきがけを経て、96年に旧民主党を結成。09年衆院選で大勝し、民主党政権の初代首相に就任したが、米軍普天間基地の移設問題で迷走を重ね、10年6月に退陣した。次の衆院選での政界引退も表明したが、撤回した。

鳩山元首相、党内かき回し退場へ  混迷・民主政権の象徴

09年の政権交代の象徴だった鳩山由紀夫元首相が、民主党政権の混迷の3年余りを象徴する形で衆院選不出馬に追い込まれた。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で迷走し、わずか9カ月足らずの在任期間で退陣。国会議員を辞めると言っては撤回し、菅直人首相の内閣不信任案決議案に賛成する構えを見せたり、野田首相が政治生命をかけた消費増税法に反対したり、民主党政権が国民の信頼を失った責任者の一人であることは間違いない。

自民党の石破茂幹事長は20日夜、記者団に「首相を辞めるときに議員を辞めると言っていた人が辞めただけだ。ここまで判断を先伸ばした理由が理解できない」と語った。鳩山氏は10年6月2日に首相退陣を表明した際、記者団に「首相の影響力をそのあと行使し過ぎてはいけない。私は次の総選挙に出馬しない」と明言したが、わずか半年後、地元後援会の会合で「次の衆院選でも行動を共にさせていただきたい」と撤回した。

普天間移設問題では、2009年衆院選の際に「最低でも県外」と公約したが果たせず沖縄県民の反発を招いた。2009年11月に来日したオバマ米大統領に「トラスト・ミー」(私を信じてほしい)と言った後、なおも移設先の変更を模索して日米関係も悪化させ、後の政権は日米関係の修復に追われることになった。自民党の幹事長代理は「『最低でも県外』と決めたのは、民主党そのものだ。野田首相が鳩山さんを外交の党最高顧問に据えたことには、大きな責任がある」と民主党の外交失政を批判した。公明党幹部は「日本外交の破綻にきっかけを作った張本人だ。国益上、辞めてよかった」と突き放した。

退陣後は小沢一郎元代表(現「国民の生活が第一」代表)と連携し、消費増税を進める菅、野田に両政権に反旗を翻し、自らが否定したはずの「首相の影響力を行使」して政権を揺さぶり続けた。今回の衆院選で民主党執行部が「鳩山切り」も辞さない構えを見せたことが不出馬につながったとみられ、石破氏は「マニュフェストに賛同できない者を公認しない方針は、政党として評価すべきだ。政策の一致した純化された集団として政界再編の一つの核になることは、それはそれで望ましいのではないか」と皮肉った。

民主党内にも「党をかき回したあげく、離党したくても受け皿がなくなった。無所属で出れば負けるとわかっているからこうするしかなかったんだろう」(中堅幹部)、「首相までした人が晩節を汚したとしか言いようがない」(政務三役経験者)等冷ややかな声が広がった。



『毎日新聞』11.21


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