加藤のメモ的日記
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2012年07月07日(土) 口先だけの民主党

3年前、多くの有権者が民主党に抱いた期待感は、今やすっかりしぼみつつある。政権交代の原動力となったマニュフェストの底の浅さと見通しの悪さ、それにも増して公約を守ろうとする姿勢の欠如が、ここにきて明らかになっているからだ。期待が大きかっただけに、失望が倍加するのは人情というものである。

なかでも非常にわかりやすい形で民主党の政策面での脆弱性を印象付けたのが、政権交代直後の「八ッ場ダムの建設中止」宣言と、最近になっての建設再開の決定だろう。当時の前原誠司国交大臣は、「時代に合わない国の大型事業は全面的に見直す」として、ダム建設の中止を宣言し、鳩山由紀夫首相もそれを支持した。ところがこの担当大臣と首相が下した決断は、地元自治体や関係各都道府県の総スカンを食い、昨年12月、前言を撤回せざるをえなくなったのである。いたずらに2年4カ月もの時間を浪費した結果となったのだが、なぜ、こんなみっともない混乱を招いたのか。

どうにも釈然としない思いでいたところ、一方の当事者である埼玉県の上田清司知事の『上田きよしレポート』によって、ようやくその疑問が氷解した。上田知事は、「根本的な原因は民主党の勉強不足と、現場のヒアリングを全然していないことです」と前置きし、大臣と首相が誤った決断と宣言を行なった背景をこう解説する。

「八ッ場ダムは国と便益を受ける一都五県の共同事業として議会の同意を得て得て平成13年に着工しました。(地方負担は半分)法律的には始めるにも、中止するにも各都道府県の知事並びに議会の同意が必要で、大臣一人の権限ではできないものでした。このことを前原氏をはじめ民主党の方々は知らなかった様子です」要するに、単に有権者受けを狙った悪しきポピュリズムに走っていたわけである。いくら政権交代を果たした直後のことであり、気分が舞い上がっていたにしろ、大臣の権限範囲についての認識もないまま、一方的に建設中止を宣言していたというのであればあまりにもお粗末である。

しかも当時の前原大臣は、「ダム中止を宣言した以上、速やかにダムに変わる代替案を提示します」との手紙を一都五県の知事に出しながら、ついに何の代替案も示さずじまいだったという。上田知事は、彼らを「口先だけの人たち」と断罪するが、この指摘は有権者が薄々感じはじめていることでもある。この「口先だけの人達」は、社会保障と税の一体改革をめぐる消費税の引き上げ論議でも、見事にその真価を発揮しているといっていいだろう。野田首相は、野党から消費税引き上げはマニュフェストに書いていないことであり、書いていないことをやるのはルール違反ではないかといった批判を受けると、苦し紛れにこう反論した「書いていなくても、やらねばならないものはやってきた」――。

しかし消費税引き上げのような最重要政策は、国政選挙に臨むにあたって、しっかりマニュフェストに書いておくべき事項だ。民主党は、マニュフェストを「ただのスローガンではありません。国民とその政党の契約だと定義しているのだから、思いついたように、消費税率のアップを持ち出されたのでは、国民はたまったものではない。もっとも、消費税率のアップを説いている限りは、民意は離れても、財務省は政権を支えてくれる。目先の国会運営に四苦八苦し、サボタージュに余念がない霞が関の官僚たちにお手上げ状態の同党にとっては、財務省の支えを得られることが、今何より重要なことかもしれない。その安易な選択が、次の選挙でどんな結果をもたらすか。「口先だけの人達」は、そんなことさえ見えなくなっている。


『週刊現代』


加藤  |MAIL