加藤のメモ的日記
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2012年05月12日(土) 地震予知はかなわぬ夢(18)

私は「大地震はいつどこでだって起こりうる。天命と思って諦めるしかない」といったマイナス思考を主張をしているわけではない。膨大な国家予算を、できもしない地震予知に投じ続けることをやめろといいたいのだ。そんな予算があるのなら、海岸沿いの護岸工事や建物の耐震補強、地震・津波に備える防災教育など他にやるべきことはいくらでもある。そのすべてが国民の生命・財産を守ることに直結する。

残念ながら、「地震予知」は叶わぬ夢だ。「地震予知」というはかない幻想に、これ以上希望を託すのはやめようではないか。東日本大震災を経験した日本人は、いまこそ現実に目を向けなければならない。次なる大震災を未然に防ぎ、21世紀、22世紀の未来に向けてなすべき仕事は山積みなのだから。

私には、まるで成績が出ない無限の「ゲーム」を楽しんでいるように見える。彼らは国庫から年間100億円以上の「スポンサーゲーム参加料」を注ぎ込まれながら、目標を達成しているかどうか明らかにしないまま、時が過ぎていく。「地震予知ができるかもしれない」という淡い期待の裏には「地震予知ができないかもしれない」という絶望が待っている。正確な地震予知ができるならば、私もそれを望む。でも、できないと知りながら黙って研究費を受け取っている不誠実な学者たちは、その行為を即刻やめるべきである。偽りの研究活動に、いくら億単位の資金を賭けても、そこに未来はないからである。東日本大震災は甚大な被害を及ぼした。その大震災の後には、さらなる予算獲得を目的とした御用学者たち、およびそのバックにいる官僚による暗躍が危惧される。

歴史的に見ても、東北地方の太平洋沿岸は、これまで大津波に何度も襲われてきた。とりわけよく知られていた1896年の明治三陸大津波は、最大38メートルにも達し、約2万2000人の死者を出している。869年の貞観津波の高さは、東日本大震災にほぼ匹敵するものとされている。世界の地震活動と東北地方の歴史的記録を考慮するならば、東日本大震災が「想定外」のはずがない。もちろん時間、震源、マグニチュードまで正確に特定するのは無理だとしても、東北地方の太平洋沖合にマグニチュード9クラスの地震が発生する可能性は、容易に想定できたはずである。

プレート沈み込みで帯で発生したM9以上の地震

1952 カムチャッカ地震 M9.0
1960 チリ地震     M9.5 
1964 アラスカ地震   M9.2
2004 スマトラ沖地震  M9.3
2011 東北大震災    M9.1




『日本人は知らない地震予知の正体』


加藤  |MAIL