加藤のメモ的日記
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「自分が生きた証拠を残さねば」
「手術もできないし、抗がん剤も飲んでいない。治療はもうできないんです」元ボクシング東洋ミドル級チャンピオン・カシアス内籐氏(62歳)は、淡々とこう話す。‘04年に咽頭がんが見つかったが、内藤氏は手術を拒否し、放射線と抗がん剤の治療を始めた。「腫瘍を摘出するために声帯も舌も取って、流動食で栄養をとるという生活は、俺には耐えられなかった。延命はできるかもしれないけど、俺にとって、生きた証拠を残すためには、自分が思い切り活動できて、自分で自分を表現できなければいけないから。通常、抗がん剤と放射線治療は同時にはやってくれない。でも、俺には残された時間は少ないと思って、絶対に大丈夫だからと先生に何度も言って、両方やってもらった。治療はものすごくきつかった。吐き気がすごくて、胃液を吐きつくすと、今度は胆汁が出てくる。口から手を突っ込んで胃の中身を取り出したいくらいだった」
それでも手術を拒否したのは、自分のトレーラーだったエディ・タウンゼント氏との約束を守るためだ。「俺はエディさんに約束した。一つは現役に復帰した時にチャンピオンになること。もう一つは将来自分のジムを持って若い選手を育てること。最初の約束は果たせなかったから、ジムを作って、彼の教えを伝えていくという約束は絶対に守らなければならない。だから、声を失うわけにはいかなかったんだ」「病気に背中を押された」と内藤氏は言う。入院中も病院を抜け出して、密かにトレーニングを続け、退院後は必死に物件を探した。そして、翌年2月、念願のボクシングジムを開設。以来、一人でも多くの練習生に教えることが、内藤氏の闘病を支えている。
「ジムにいるときは、選手に一言でも多く声をかけようと思っているんだ。リングではビデオを撮って編集し、選手にアドバイスを添えて渡してやる。ジムには毎日出ているけど、掃除は他人には絶対させない。みんな帰った後に、一人で掃除をするんだ。だって、明日の朝は起きられないかもしれないでしょう。全員のグローブと靴をきれいにそろえて、掃き掃除をしてから帰る。この時間が一番好きなんだ。自分の好きな音楽をかけてね。至福の時ですよ。病気になる前は死について考えることはなかったね。だって体力には絶対に自信があったし、自分のことを宇宙人と思っていたから。110歳までは生きるだろう、と。でも、いま寿命というものを間違いなく感じながら生きています。家に帰って寝るときには、『今日も無事に終わった』と、時間に感謝して寝る。次の日に目が覚めたら、『お、今日も無事に始まった』とまた時間に感謝する、そういう毎日だね」
「俺が元気でいることは、ほかのがん患者に勇気を与えることになると思っている」そう話す内藤氏は、病院に行った時も、椅子に座ることはほとんどない。病院では、胸を張って速足で歩くようにしている。だが、がんが治ったわけではない。肝硬変や大腸ポリープも抱えているため、しんどくて体が動かせなくなることもある。それでも余命3カ月と言われてから7年経った。
「俺の喉にはまだ腫瘍があるんです。腫瘍が腫れてきたら、気道をふさいで寝ている間に死んじゃうでしょうね。いつ死ぬかわからないから、悔いを残さないように、好きなようにやっていく。あと3年、つまり、退院から10年生きたら完全に俺の勝ち。そう思っている」
『週刊現代』2/25
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