加藤のメモ的日記
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| 2011年07月19日(火) |
事件記者よ熱く生きろ(43) |
いつからか府警まわりはしっぽを垂らした野良犬が、餌を投げてももらうようなネタの取り方をするようになったのか。それにつけても、記者同士で酒も飲まず、サツに立ち入り禁止を言い渡されても喧嘩もせず、聞いたことは何でも上司に報告する記者たち。彼らは本来、そんな姿ではなかったはずである。そんなとき、私はその根っこになっているものに思いを致すのである。
私たちが社会部を去ったあとに来た社会部長は、その冒頭のデスク会で冗談とも本気ともつかないニタニタ顔で、「グリコ事件は抜かんでもいいから、抜かれんといてくれよな」と言ったというのである。私は、これは間違いなく彼の本心であったと思う。おそらく事件が怖くて怖くて仕方がなかったに違いない。
確かに事件は怖い。それは私も身にしみて知っている。社を去った今でも、朝刊は朝日を読み、毎日を見、サンケイに目を通して、やれやれよかった、よそには何も出ていない、それから私は安心して読売を読むのである。おそらくこの習慣は一生変わることはないだろう。事件とはそれほど怖いものである。今の事件記者を弱くしているのは、間違いなくこの社会部長のような防御の姿勢から来る出先の記者への減点主義なのである。
夜まわりに来た記者に探偵さんがいくら書かんといてと頼んでも、まるでミルク飲み人形のように、聞いたことをすぐ垂れ流してしまう。そしてそれを聞いたキャップやデスクは、早く書け早く書けと記者を責め立てる。結局、何を話しても秘密は守ってもらえない。だから今のブン屋さんには何も言えない、という現象が起きてしまっているのも、私はあげてこの減点主義にあるのではないかと思う。
だからちょっとでも探偵さんから情報を仕入れた記者は、他社にそれを書かれて「お前は何をしていたんだ」と×点をつけられたくないから、「実は僕、ちゃんとそんなことぐらい知っていましたよ」と申し開きのできるように、少なくともキャップには報告する。するとキャップは自分が抱きこんでいたために、よそにやられたと言われたくないから、自己保身のためにデスクに報告する。デスクはデスクでこれから各部の部長として、出世の階段を上がっていけるかどうかの微妙な時期だから×点が怖い。「それ、やっぱり書いとこうよ」となって。探偵さんの願いなんてどこかに消し飛んでしまうのだ。
この減点主義の弊害はまずサツになめられることである。警察は常に相手の足もとを見ている。そういうことには実に長けた組織なのだ。だから、「あいつら偉そうなこと言ったって、所詮抜かれるのが一番怖いんや。生意気なことばかり言っているようだったら、一度特オチさせてやったらいいんや」ということになる。「特オチ」というのは、重大な記事が他社には全部出ていて、自分の社だけ落ちていることである。
事件記者、特に減点主義の中にいる記者たちにとってこれほど怖いものはない。自慢じゃないが、私ほどこの特オチをたくさん経験した記者も少ないのではないだろうか。実にいやなもので、自己嫌悪に陥ること甚だしい。だが私なんかは自己嫌悪ですんだけれど、現在のような減点主義のもとではまずその記者は、その持ち場をはずされるだろう。
そこが警察のつけ目なのだ。警察はある情報はある社にリークし、この情報はこちらにリークするということを始める。そうなると各社ともサツのご機嫌を損ねたくないから、いかに気いった記事を載せるかに腐心する。ちょっとでも警察が気を悪くするようなことは書かないでおこう、となる。新聞記者はいつの間にか大奥のお女中になり下がっているのである。まさに警察の情報管理の意のままに、ということになってしまっているのだ。
私が知っている限りでは、やはりこの管理が一番うまいのは警視庁である。例えば日経新聞が警視庁ネタで特ダネを書いた時には疑ってみる必要がある。失礼ながら日経が事件ものにそんなに強いわけがない。何らかのルートでサツから流れたとみていい。すると各社は一斉に後追い記事を書く。よそに抜かれたネタは新聞社が極端に小さく扱うことを警視庁は知っている。だが、相手が日経ならば、朝日も読売も、サンケイも「心おきなく」後追いできるのである。だからこれらの各社に思いどおりに大きく書かせるには、この日経ルートというのは大変便利なのである。
同じように疑ってかからないといけないのは、NHKの夕方5時のニュースである。ここにドカンと特ダネが出たら、警視庁が各社に書かせたくてNHKにリークしたとみていい。この時間帯なら、各社十分に早版に間に合う。大慌てで取材して、みんな早版に突っ込む。サツとしては黙っていたってみんな飛んできて取材してくれ、おまけに遠くの田舎に行く版にまでちゃんと入れてくれるのだから、こんなありがたいことはない。
『新聞記者が危ない』
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