加藤のメモ的日記
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| 2011年05月30日(月) |
宇宙飛行士の選抜 (33) |
「回転いす検査」は回転するイスに座って目隠しをして、合図に合わせて頭を前後に振るものだが、、二次選抜、三次選抜の検査を通じて一番苦しい検査だった。宇宙空間では無重力状態となるが、宇宙飛行士は無重力の世界に適応するまでの数日間突然吐き気に襲われることがある。この現象は宇宙酔いと呼ばれ、アメリカの1960年代初期のジェミニ宇宙線の頃から知られていた。
とくに宇宙服を着て宇宙船の外で宇宙遊泳をしている時にヘルメットの中に吐くと、宇宙船の外ではヘルメットを脱ぐことはできないので宇宙飛行士の生死にかかわる事故になる可能性があり、その防止法や宇宙酔いにかかりにくい宇宙飛行士の選抜方が研究されてきた。「回転いす検査」は人工的に宇宙酔いを起こさせ、比較的船酔いに強いものを選抜する方法として採用されたものである。
毛利衛宇宙飛行士も向井千秋飛行士も当然この検査に合格して宇宙飛行士に選ばれたのであるが、二人とも宇宙飛行では軽い宇宙酔いを経験したと語っている。私の場合、「回転いす検査」が終了した後も、吐き気が収まるまで二時間ほどかかったことを記憶している。作業適性診断は手先の器用さを調べる試験と、観察の注意深さを調べる試験が行われた。試験の内容はそれほど高度なものではなかったが、とにかく12名の中から次の選抜への生き残りがかっているので気を緩めることはできなかった。
昨年事故で逝った天才F1ダライバーのアイルトン・セナは運転の技量が抜群であったことはいうまでもないが、マシンのセッティングでもやはり抜群であった。F1レースは毎回異なったサーキットを転戦して行われ、マシンをそのサーキットに最適になるようにセッティングする必要がある。F1ドライバーとして大成するには運転の技量に加え、注意深い観察眼とそれを言語で伝える表現力が欠かせない。超高速でサーキットを走りながらマシンの調子や反応を的確にピットに伝えることが要求されるのである。
スペースシャトルに毛利衛宇宙飛行士が登場して実験を行なっている最中に、実験装置に冷却水の水漏れが起こったため、最悪の場合には10種類ほどの実験を全て諦めなければならない事態になったことがある。しかし注意深い観察で、水漏れの状況を地上に的確に伝えることができ、地上からの指示に従って水漏れを修理した結果、実験はすべて行うことができた。
映画にもなったアポロ13号の事故の場合も。月への途上で酸素タンクが爆発し、刻々と酸素が失われていく状況の中で3人の宇宙飛行士が無事に生還できたのは、危機の中で状況を的確に把握し、それを地上に正確に伝えることができたからである。
起こりえるケースとして最終的に87種類の異常が抽出されたが、実は88番目のものがあった。それは「予期せぬ出来事」というケースであった。87種類のケースについては宇宙飛行士がどう対処すべきかの明確な指針が作られていたが、88番目の「予期せぬ出来事」に対しては具体的な指針は作られなかった。スペースシャトルの飛行中に「予期せぬ出来事」が発生した場合、宇宙飛行士は自分で判断して最良と思われる対処をすることが求められている。与えられた指示を忠実に守ることは大切だが、それだけのマニュアル人間では宇宙飛行士は務まらない。
1992年、毛利衛宇宙飛行士がスペースシャトルに搭乗して実験を行なっている最中に、実験装置から水漏れがおこった。実験装置には電気炉などから出る熱を逃がすために冷却水の配管が組み込まれている。地球上では少しばかり水が漏れても、床にしたたり落ちるだけで、ふき取ってしまえば大した問題にならないことが多い。
しかし宇宙空間では無重力状態になるため、漏れ出した水は床に落ちることなく濡れた個所で大きな水滴となって膨らんでいく。その水滴がスペースシャトルのわずかな振動で装置の内部に漂い出し、電気の接点に付着すれば大きな事故に発展する危険もある。地上ではたいしたことのない水滴が宇宙空間では危険な凶器にもなりうるのである。
スペースシャトルに積み込まれた実験装置の水漏れを止められなければ、その実験装置を使用禁止にしなければならず、そうなれば長年かけて準備した多くの実験ができなくなるおそれがあった。地上では実験装置の水漏れを止めるための方法が技術者たちによって検討され、修理の方法がスペースシャトルに伝えられた。修理の方法はわかっても、地上から宇宙へ修理工を送ることはできない。修理は宇宙飛行士自身が行わなければならないし、工具や部品もスペースシャトルに準備してあるものだけしか使うことができない。
毛利衛宇宙飛行士と実験のペアを組んでいたマーク・リー宇宙飛行士が、地上から支持された方法で修理を行なって水漏れは止まり、計画されていた実験はすべて完了することができた。宇宙飛行士は自分が担当する装置やシステムについてよく知っていると同時に、それらにトラブルが発生した場合には、修理もできるだけ熟練した腕前が要求されるのである。
宇宙ステーションは地球の周囲を回っているので、宇宙飛行士の生命にかかわるような事態が発生した場合には緊急に地球へ帰還することも可能である。しかし2020年から2035年頃に行なわれると考えられている有人火星探査では、いったん地球を出発した探査船は最短でもも2年間は地球に帰還できない、有人火星探査戦は6〜12名の宇宙飛行士が搭乗すると考えられているが、2年の探査旅行の間に起こるかもしれないすべての事態に搭乗員だけで対処しなければならない。もちろんコンピューターの支援や地球からの指示を受けることは可能であるが、実行するのは搭乗員である。宇宙飛行士は科学技術分野の能力、語学力、肉体的適性、心理的適性などのすべての点で一定以上のレベルにあることが要求される。
『宇宙飛行士になりたい』
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