加藤のメモ的日記
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津波で被災人たちはじっと耐えている。これは日本人の特質だけで語られものではなく、東北人特有の気質ゆえだろう。東北地方は西日本など他の県に比べて格段に寒が厳しい。その寒さに耐えることが生活の出発点になって、困難に対する粘り強さが伝統的に形成されたのでしょう。毎年、多量に降り積もる雪を真正面から受け止め、それをしのぐ能力があるんです。
『今日は疲れたから雪下ろしはできない』などとこぼしていては生きていけないわけですから、予想をはるかに超えた甚大な被害にも対処して、立ち向かっていくことができる。思いがけない困難な状況の中でも、整然としていられるわけです。
岩手県や宮城県などの太平洋岸には、春から秋にかけて”やませ”と呼ばれる東からの冷たい風が吹きつける。農業や漁業に悪影響を与えますし、冷害にも繁雑に苦しめられます。だから、与えられた冷酷な環境を織り込み済みのものとして、一生懸命、黙って仕事をしていかないと暮らしていけない。そこから、粘り強く、こつこつと努力する特質が生まれたのだと思います。
東北人特有の、まじめで忍耐強い気質は、自然環境に鍛えられてきたのである。今回の震災では、92時間ぶりに救出された75歳の女性、96時間ぶりに救出された25歳の男性など、辛抱強く救援を待って九死に一生を得た人たちがいた。一般に、被災者の生存率は災害発生時から72時間を過ぎると急激に低下するという。その「壁」を20時間以上も乗り越えて生きていたのだから、その不屈の精神には驚くばかりだ。
民俗学者の谷川健一氏が分析する。「たとえば、イタリアでは、火山の噴火で埋まったポンペイにの跡地には町をつくりませんでした。しかし、三陸では何度被害を受けても、同じく沿岸部に住んできました。人々は災害にめげることなく。漁業を営む日々の生活を優先させているからです。津波などの天災を覚悟しながら、生活しているのでしょう。
運命を受け入れ、余計なことは話さず。真面目に仕事をする気質。それは東北人は「無口」だというイメージとつながる。例えば、秋田県出身の中日ドラゴンズ監督・落合博満氏のように、無口で不愛想だとしばしば眉をひそめられることもあるだろう。東北弁の独特な語り口がそのイメージを助長するのかもしれない。
「東北弁は、あまり大きく口を開かなくても容易に発音できる言葉です。例えば、『寿司』が『すす』と発音されるように、普通に話すのと比べて舌をあまり動かさなくても済むため、母音の”い”が”う”に近い音で発音される。また、『食え』が『けぇ』、『食う』が『くぅ』となるように、母音がくっついて短く発音される傾向がありますから。他の方言と比べて、はっきりとしゃべらなくても、また口数が少なくても通じるんです。
東北弁が他の地域の人々にとってわかりにくいのは、単語そのものが特異である以上に、普通の言葉を極力短縮して話すからだと言えるかもしれない。口をほとんど動かさなくとも東北人同士では会話が通じるので、冷たい空気が口から体になるべく入らないように、東北弁は発達したという説もあるほどなのである。
ちなみに、青森県出身の作家・太宰治が書いた名作『津軽』には、初対面の津軽人から過剰なまでの接待を受け、当の太宰自身が冷めている場面が出てくる。その津軽人はリンゴ酒、干鱈、家の砂糖を全部アンコウのフライ、卵味噌でもてなすように女房に言いつけたうえで、何でもいいからとん額をかけて楽しませうようとする。やり過ぎだとも思われても気にせず、相手のためを思って無心にささげる。それが良くも悪くも東北人気質なのだ.
『週刊現代』
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