加藤のメモ的日記
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2010年09月01日(水) 患者より研究

医学部・医科大学は卒業までに6年かかる。卒業直前に医師国家試験を受けて合格すれば、卒業後に医師免許を持てる。ただし、義務ではないが基本を身につけるため、最低2年間の臨床研修を求められる。全国79の医学部・医科大学のほかに269の臨床研修指定病院で研修できる。しかし、新人医師の約8割は大学病院の内科、外科、眼科などの医局に入局しトレーニングを受ける。医局は一人前の医師に育てる「教育の場」でもある。

ところが「内科の場合だけかもしれないが、大学病院では内科医になるべき最低限のトレーニングがありません。医局内の専門の細分化や研究至上主義などが弊害になっている」千葉県船橋市の駅ビルに「東武塚田クリニック」を開業した林直樹さん(42)は大学での医師教育のゆがみを指摘する。

林さんが学んだ東京都内の私立大学病院には4っつの内科があり、林さんは呼吸器、免疫、血液などを主とする内科に入局した。医局院が100人余の大所帯で、医局内は6,7か所の専門研究室に分割されていた。ここに入局した医師の臨床研修は、この内科が関係する呼吸器、免疫、血液分野にほとんど限定される。研修が終わると専門研究室に所属する。関連病院に一時派遣されたりしなが、ら5年10年と医局に在籍し、呼吸器の専門家や血液の専門家への道を進む。

専門以外の患者はまず診ない。全診療科の一部である内科の、さらにその一部の狭い専門の穴に閉じこもり、「臓器を見て人を見ない」ことになってしまう。今の内科は「診療より研究」という風潮があまりにも強すぎる、と林さんは考える。患者の治療成績をまとめた研究は軽視され、試験管レベル、細胞、動物レベルの実験研究が客観的で優れた実績と評価される。

別の大学の関係者は「研究室での動物実験に熱中する医師が、30分だけ患者の話を聞きに病棟に行くのを『もったいない』と感じているのは事実だと明かす。患者治療で論文を書くには、入院時の患者の状態をできるだけ統一し、その後の治療効果を観察することが必要になる。大学病院のベッド空きを待つ急性肝炎の患者に肝機能薬を注射しようとした民間病院のスタッフに対し、大学側が「データに薬の要素が混じるから」と注射をやめさせることさえ起きた。

林さんは「白血病の研究者が白血病の治療薬を知らなかったりする。10年間、狭い専門の研究に明け暮れた医師が外に出た場合、果たして10年の内科経験を誇れるかどうか」と嘆く。こんな現状を打開しなければと、林さんは「21世紀の医療をつくる若手医師の会」の事務局役の一人として行動してきた。質の高い医療を目標に、大学、医局の壁を超えた勉強会を開いている。

大学病院の使命である教育・研究・診療の三本柱のうちなぜ研究だけが特別視されるのか。東京大学医学部の教官は「教授選考における論文主義が大きく影響している」と打ち明けた。彼によると、教授選考は研究論文による評価ほとんどで、臨床技能や教育者の資質、人格は無関係。英国の科学誌「ネイチャー」などを筆頭に論文が掲載される雑誌ごとにランクづけの点数がある。

論文数とランク点を掛けて合算する合計点が算出される。慶応大学では「英語論文は日本語論文の10倍の価値がある」といわれている。英語論文を量産することが教授への近道だ。聴診器の使い方を知らなかったり、レントゲン写真を読めない内科教授の話は珍しくない。ガンの研究能力を買われ「(危険だから)絶対に手術するな、と条件付きで国立大学の外科教授になった人もいる」という。医局トップの教授が論文重視で選ばれるため、医局全体が「マウスを診て人を診ない」風潮に冒される構造だ。



『大学病院ってなんだ』


加藤  |MAIL