加藤のメモ的日記
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2010年07月03日(土) 宇宙体験と意識の変化

宇宙というのは気味が悪いところでもある。私は3回の船外活動を行なったが、これがそれそれ5時間、6時間、7時間と極めて長時間にわたるものだった。スカイラブは90分で地球を一周してしまうから、この間に何度も夜をむかえる。船外活動は観測装置のフィルムを入れ替えるとか、故障を起こした機器の修理とか、それぞれに目的があって、忙しく働かねばならない。

しかし、ある時、何かの手順の違いで、夜間、船外にポカンと一人で浮いていなければならない時があった。宇宙の闇の暗さといったら、ほんとの真暗闇で何も見えない。深い淵の中に落ち込んだように何も見えない。そして、たった一人でそこに浮いている。その時の何ともいえぬ気味の悪さに襲われた。頭のてっぺんから爪先までぞっとするような気味の悪さが全身を浸していた。光がなく、なにもなく、私以外何も存在していないという世界の気味の悪さ。これで私が何か船外活動をしていればそうでもなかったのだろうが、何もしないでただそこに浮いている時の気味の悪さ。あれ以上の気味の悪さは生涯味わったことがない。

しかし、考えてみれば、この地球という世界を失って宇宙空間に放り出されてしまったら、人間にとってこの宇宙というものは、あの気味の悪さしか残らない世界なのだ。そう考えてみると、この地球という星が人間にとっていかに大切なユニークな存在かということがよくわかる。地球という住処を宇宙の中で人間が持っていることの幸せを感じた。    肉眼で見る地球と写真で見る地球は全く違うもの。その時そこにあるのは実体だ、実体と実体を写したものとでは全く違う。どこが違うのかと問われても上手く説明ができない。まず、二次元の写真と三次元現実という違いがある。手を伸ばせば地球に触ることができるのではないかという現実感、即物感が写真には欠けている。

それと同時に、これも二次元と三次元の違いだが、写真で地球を見ても地球しか見えないのに、現実には地球を見るとき同時に地球の向こう側が見えるのだ。地球の向こう側は何もない暗黒だ。真の暗黒だ。その黒さ。その黒さの持つ深みが、それを見たことのない人には、絶対に想像することができない。あの暗黒の深さは、地上の何ももってしても再現することはできないだろう。あの暗黒を見たときにはじめて、人間は空間の無限の広がりと時間の無限のつらなりを共に実感できる。永遠というものを実感できる。永遠の闇の中で太陽が輝き、その太陽の光を受けて青と白に彩られた地球が輝いている美しさ。これは写真では表現できない。



『宇宙からの帰還』


加藤  |MAIL