加藤のメモ的日記
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菅新首相は、内閣制度が始まった1855年の初代伊東博文から数えて61人目である。戦後32人目の首相。東京都選出は鳩山由紀夫の祖父鳩山一郎が就任した1954年以来56年ぶりである。政治家一族出身ではない非世襲首相は村山富一氏以来で、東京工業大卒業としては初めてである。
吉田以降は選挙区、それ以前は出生地で出身地を数えると、最も多いのは山口で8人。伊東、山形有朋ら明治の元勲始まり戦後も岸信介、佐藤栄作を輩出した。戦後に限定すると福田赳夫、康夫親子や中曽根康弘、小渕恵三の4人を出した群馬がトップである。
東京都出身は鳩山一郎のほか、戦前では高橋是清、近衛文麿、東条英機がいる。出身の首相がいない県は20ある。歴代首相の初就任時の平均年齢は62歳。菅は63歳でわずかに上回る。初代の伊東が最年少で44歳、最高齢は終戦時の鈴木貫太郎で77歳。戦後に限れば52歳の安部が最も若く、幣原喜重郎の73歳が最高齢だ。
戦後の首相を出身大学別に見ると吉田、佐藤、中曽根や鳩山由紀夫ら11人の東大が最多である。次が早大で森喜郎、小渕、福田康夫ら6人。橋本龍太郎、小泉純一郎の慶応大と三木赳夫、村山の明大がこれに続く、上智大の細川護煕以降、学習院大の麻生太郎まで10人連続で私大出身者だったが、民主党政権になってからは国立大学出身の首相が続くことになる。
東工大卒業後弁理士試験に降格し特許法律事務所の所長として働きながら市民運動を続け、74年には婦人運動家の市川房江氏を参院選に担ぎ出した。市民運動出身の首相は異例だ。政界随一の論客で「敵の弱点を見つける能力は抜群」とされる。08年秋には衆院解散に踏み切らない当時の麻生太郎首相を「選挙から逃げた弱虫太郎」と挑発したこともあった。
野党時代、民主党代表には2度就いたが、4回は苦杯をなめた。趣味はスキューバダイビング。夜中にインターネットで囲碁を打つこともある。好きな歌はチェッカーズの「ギザギザハートの子守歌」山口県宇部市生まれ。
『西日本スポーツ』
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