加藤のメモ的日記
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2010年04月10日(土) 南京大虐殺はなかった

そもそも、南京で大虐殺があったと言ったのは、南京地区の委員で、赤十字の委員長でもあったマギーという牧師でした。彼はそのことで東京裁判に証人として出廷しているのですが、その時大虐殺の証言をしました。しかしアメリカ人弁護士による反対尋問で「あなた自身が、その目で実際に見たのは何人か」と尋ねられ「一人です」と正直に答えています。

それが、いつのまにか「何万人も虐殺された」「何十万人も虐殺された」ということになったわけですが、何十万人となると当時の南京の総人口よりも多いことになります。それにそれほどまでに大量の人が本当に死んだのならば、死体の処理だけでも大変な作業量になります。まごまごしていると死体は腐乱しますから、疫病の発生も避けられないでしょう。しかし当時の南京では疫病の発生はありませんでした。

市民に対する南京大虐殺などというものは、全くなかったのです。南京大虐殺の証拠だという写真や資料などを、私は長年にわたってずっと見てきましたが、本物は一つもありませんでした。それにもかかわらず、平和の名をかたり、公費でもって「南京大虐殺」を展示するなど、正気の沙汰ではありません。このようなことは日本のためにも、日本の子供もためにも何としてでも止めていただけなければなりません。

また、すでに建てられてしまった大阪国際平和センターにしろ、これから建てられる東京都平和記念館にしろ、公費でもってこのように異様なものが建てられるということの背景には、最近の政治家のあまりにも軽々しい「謝罪」があるのではないでしょうか。日本の政治家たち、とりわけ幹事長や大臣などには、十分反省してもらわねばなりません。

南京大虐殺はなかったが、東京大虐殺はあった。

市民に対する南京大虐殺というものはありませんでしたが、市民に対する東京大虐殺というものはありました。終戦の年の3月10日、たった2時間半の爆撃で十万人以上もの民間人が殺されたのは、まぎれもない事実です。そのことについて藤岡信勝さんから興味深い話しをききました。ある自衛官がその時の被害状況を調査しアメリカ軍の作戦を推測したというのです。

その推測によると、アメリカ軍はまず最初に東京の下町地区に西日暮里、四ッ木橋、永代橋、葛西橋というように4つの目標を設定しました。そして4つの目標に焼夷弾を落としました。そうすると東京の下町に東西5キロ、南北6キロの火の壁ができ、その火の壁に閉じ込められた住民はもう外へ逃げられなくなります。そこにB29を飛ばして1平方メートルに3発の「じゅうたん爆撃」を行なえば、火の壁に閉じ込められた人間はすべて殺せるというわけです。

アメリカ軍は実際にそのような計画を立て実行に移したに違いありません、そしてその「輝かしい戦果」がたった二時間半の爆撃による10万人余の民間人の殺戮であったわけです。

アメリカ側は、この非戦闘員に対する無差別大量殺戮を正当化するために、日本の軍需工場というのは、デトロイトなどの自動車工場のイメージとはかけ離れていることを強調しました。日本の軍需工場は下請け、孫請けというようになっていて、最期は小さな家内工業になるので、民間人の家もまた軍需工場なのだと、屁理屈を言ったわけです。その理屈からすると、日本人には民間人とか非戦闘員など一人も存在しないということになります。実際にそのようなことを平気で言ってのけて、この明らかな戦争犯罪を正当化していしまったのです。

………
ビビンスキー議員の謝罪と賠償を求める決議のおかしい第二の理由は、それではアメリカの広島と長崎に対する原爆投下はどうなるのか、東京大空襲、各主要都市の空襲はどうなるのかということです、そのことについては何も触れていないばかりか、日本軍の犯した残虐行為に対して、決議文で次のようなことを述べています。

「この残虐行為はナチス・ドイツの行なったホロコースト、ユダヤ人大虐殺と同じである。ドイツは謝罪して十分な賠償をしているのに、日本がしてないのはけしからん」これは実に無知もはなはだしい言い分です。ドイツのナチスは政策として、またイデオロギーとしてユダヤ人の大量虐殺を行なったのです。そのナチスドイツと日本とはどのように考えても一緒にはなりません。

国家意思として、まら政策として非戦闘員の大量虐殺をあえて断行したのは、アメリカの方です、ナチス・ドイツのホロコーストに匹敵するのは日本ではなくアメリカなのです。アメリカの原爆投下、東京大空襲こそが人道的にも裁かれなければならない第一級の戦争犯罪です。しかも民族丸ごとの抹殺であるジェノサイドというのは白人の得意技です。アフリカ、南アメリカ、北アメリカ、オーストラリアと世界各地で白人はまるでキツネ狩りでもするようにジェノサイドを行なってきました。

アメリカ人のなかでも心ある人たちはだんだんそのことに気付き出してきました。とくに原爆を投下した時には、アメリカ人はユダヤ人を皆殺しにしようとしたナチス・ドイツと同じような心情を感じたに違いありません。そこで、後にいたたまれなくなった彼らは、自らの罪の意識をごまかすためのフィクションが必要となったのです。そのフィクションこそが、日本は「アメリカの原爆投下以上に悪いことをしたのだ」ということだったのです。

この問題がさらに厄介になったのは、そのアメリカの描いたフィクションに、日本のマスコミが乗ってしまったからでした。日本のマスコミが乗ることにより、「進歩的知識人」などという社会主義思想にマインド・コントロールされた人たちも左翼的なマスコミと同じようなことを言い始め、若い人たちがその影響を受けてしまったのです。

そうした風潮に便乗する政治たちが現れ、「謝罪」することはよいことだと言わんばかりに根拠もないまま「謝罪」するというミスを繰り返したのです。日本政府の見解として、当時の石原信雄官房副長官が、「政府としては、手を尽くして調べたが、政府及び軍が直接手を下して慰安婦を強制連行した例はまだ見つかったいない」と発表しているにもかかわらず、とにかく「謝罪」してしまったほうがいいということで「謝罪」してしまうというようなこともありました。

長崎市長だった人が、何を血迷ったのか、「原爆を落とされたのは、日本が悪かったからだ」などと発言することもありました。それだけならば、その市長を更迭するのなどすればいいわけですが、驚いたことにその市長の発言に対して、広島の人たちも、長崎の人たちもほとんど抗議らしい抗議をしませんでした。そういう姿勢が世界からつけ込まれ、簡単にいく話も簡単にいかなくなる原因になっているのです。

日本の今後の外交のためにも、日本の政治家たちはしっかりとした歴史認識と信念とを持ち世界に対してもっと毅然としていただきたい。日本が最初から毅然とした態度を取っていれば、戦争に関することがこれほど複雑で収拾のつかないものにはならなかったはずです。アメリカのビビンスキー議員たちの決議は無知から出たものですが、そのような決議がなされる背景には日本にも責任があると言わねばなりません。

国として「謝罪」するということを、細川首相以来いかにも軽く考えていたからです。「もめた時には、とにかく謝ればいい」というような、隣近所のケンカのようなつもりで根拠もなく「謝罪」したことが、日米両国で今日のような混乱をつくり出したといってもよいでしょう。


『国思う故にわれあり』


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