加藤のメモ的日記
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これまでの院内感染の主流はグラム陰性菌であったため、グラム陰性菌に強いという第三世代セフェム系の抗生剤が感染予防・感染後に多用されてきた。ところがこの第三世代セフェム系の抗生物質はグラム陽性菌に効力が弱いため、この第三世代セフェム剤を投与しているうちに、抗生物質のほとんどが効かない耐性を持った黄色ブドウ球菌(グラム陽性菌)が多発するようになった。
この耐性ブドウ球菌に感染することを、MRSA(メチシリン耐性ブドウ球菌)感染症という。また、メチシリンだけでなく他の多くの抗生物質にも耐性を示すので、他耐性ブドウ球菌ともいわれている。
MRSA感染に対する有効な抗生物質がほとんどない現状では、一旦感染すると治療に難渋し致死率も高く、東京大学の第一外科では1985年から1987年の間に57名が罹患し、うち9名が死亡、15.8%の致死率と報告されている。60歳以上の高齢者では病院内感染者の死亡率が62%という例も報告されている。高い死亡率だ。
この感染症はアメリカ、イギリス、オーストラリアなどでは1970年代の初めから文献的には問題になっているが、日本では1980年代になって全国各地の病院で多発するようになり、医師の間では深刻な問題とされてきている。しかし、日本の習慣として、感染を起こしていることを医師が患者や家族に告げない場合が多く、一般の人にはあまり知られていない。新しい感染のタイプなので、医師が知らない場合もあるという。
1、1988年2月に行われた日本環境感染学会で発表された50の演題のうち、9例がMRSA関連であり、老人病院、小児科ICU,重症病室などに発症が多いこと、細菌感染では最も主要なタイプであり、増加傾向にあること。2、患者の体表、寝衣、寝具、ベッドの床下、ナースステーションの水道栓及び緊急用注射薬入れ、ワゴンのとって、医師の靴底などから検出されたこと。3、MRSA感染者の口腔吸引、オムツ交換などの後には介護者の手指にMRSAの付着が認められたこと、などが報告されている。
東大病院では、夫の後にもMRSA患者は引き続き発生している。病院の近くに住むHさんのご主人(62才)は私の夫の亡くなったほぼ半年後に、東大病院の分院で、MRSA感染による多臓器不全で亡くなった。胃がんの手術後、10日目で耐性の黄色ブドウ球菌に感染し、肺炎になったそうだ。「一日で片肺の半分、次の日にはもう一方の肺の半分」という具合に大変なスピードで肺炎は進行していった。
手を握っていても脈があまりに早く、苦しそうでこれまでの生活で経験したことのないほどの異常さだったので、医師に「大丈夫ですか?この抗生物質で効いているのですか」と何度も確認にいったが、「たいしたことはない」と男の先生に叱られた。「家族というのは、日頃の患者の様子を知っているだけに、医師以上に異変がわかる時がるものですよね」と私が感じていたことと同じことをHさんの奥さんは言われた。
直ちに人工的な呼吸管理が必要になり、気管切開が行なわれた。気管が切開された場合、意識があるととても苦しいため、意識レベルを下げる薬を入れられたので、ほとんど意識のないまま、手術から50日ほどで亡くなった。最期には腎透析が繰り返されたという。解剖したら脾臓もすい臓も肝臓もすべての内臓がダメージを受けていたという。死亡診断書には、合併症の欄に「耐性黄色ブドウ球菌による肺炎」と明記されていた。「胃がんだったから再発するまで1年か5年かわからないが、たぶんダメだったと思うけれど、こんなに早く突然亡くなってしまうとは納得できない」寂しそうに奥さんは語った。
東大の分院では、その前にも30代の若い男性が胃ガンの手術後にMRSA感染で亡くなっている。その方は会社の検診でようやく胃がんを発見されたほどの全く無症状のガン患者であったため、奥さんはご主人の思いもよらぬ展開に言葉もなく、小さな子供の手を引いて茫然と立ちすくんでいたという。
抗生物質への過度の依存、高度な医療用機器などの発達の中で助長される消毒、手洗い、清掃など基本を軽視する傾向、大学病院での臨床よりも研究論文を競う風潮、各科のセクショナリズム、教室内の情報交換システムがスムーズにいっていないこと、チーム医療・システム医療がスムーズにいっていないことチーム医療・システム医療が苦手なこと、一人一人の医師の極度に細分化された専門領域、、大学病院の労働力である研修医の教育問題、病院長のコーディネィト力の低下、国民皆保険による医療費の使途に対する国民意識の甘さ、院内感染への国の無策、高い薬を使い薬価差益を稼がねばならない医療費も仕組みなど、MRSAのバックグランドを探って行くと、MRSAが日本のゆがんだ医療システムの中で構造的に生まれてきたものであり、ちょっとした対症療法では到底根治できないものであることが見えてくる。決して「運が悪かった」という言葉や「確率」で処理されてしまえるものではない。
『院内感染』
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