加藤のメモ的日記
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| 2010年03月11日(木) |
日本共産党の負うべき罪(2) |
日本共産党が、他国工作員による「誘拐事件」である拉致疑惑の調査をなぜそうまでして”妨害”し続けたのか。兵本氏の証言によると、この党ならではの特殊な背景が横たわっているようだ。一つは世間的に北朝鮮が社会主義の国として知られており、その国が日本人を拉致したことが明るみになれば、社会主義や共産主義の大きなイメージダウンにつながるとの理由である。
戦後、資本主義陣営と社会主義陣営に大きく世界が色分けされたとき、最盛期には世界の3分の1が社会主義で占められた時代もあった。社会主義は何もかも平等で、国民全員が豊かな暮らしを送ることができるという“幻想”がはびこっていた時代でもある。だがその社会主義陣営も盟主であったソ連邦が91年に崩壊し、東欧革命などを経て総崩れとなった。このとき日本共産党もあおりを受けて、国政選挙などで党勢を衰退させている。
今や曲がりなりにもマルクスレーニン主義を掲げる国は中国、ベトナム、キューバなどごく限られた国となってしまった。そのわずかな陣営である北朝鮮が、日本の無辜の国民を誘拐し、自国に連れ去っていたなどということが事実として明るみになれば、同じマルクス・レーニン主義を掲げる日本共産党も大きなダメージを受けてしまう。そうしたイメージダウンにつながりかねない調査を、わざわざ自ら行なう必要はないというのが日本共産党幹部の考えであっただろう。
そこには拉致被害者や家族の”苦しみ”といったものに対する同情の念は皆無といってよい。つまり国民の利益よりも、自身の”主義・主張”を優先しているということだ。第二の理由は、北朝鮮がそのような「危険国家」であることが国民の前に明るみなれば、有事法制が必要だという国民世論が芽生え、日本共産党のとる政策の方向性と逆行するとの考えもあった。
第三に近年、日本共産党がとってきた他国共産党との融和路線が挙げられる。中国共産党とは1967年に関係を断絶し、互いに批判しあうといった関係が続いてきたが、90年代半ばになって関係を修復した。赤旗特派員を北京に常駐させるようになった。一方北朝鮮とも80年代以降関係が途絶えていたが、党規約改正などを決めた2000年11月の党大会で、朝鮮総連の幹部を来賓として招くなど、朝鮮労働党との関係修復の動きを進めていた。そんな矢先に、関係融和に水を差すことになる拉致事件の真相究明にかかわることは何とも都合が悪かった。
…「赤旗離職から6年余り立ち、58才になった。私の人生の持ち時間はさほど多くはない。体力的にもやれることは限られている。今やらねばならないと思っていることは、北朝鮮に帰国した在日朝鮮人10万人と、朝鮮人の夫と共にかの地に渡った日本人妻数千人の一日も早い救出である。日朝の国交正常化も遠くない。この機会に帰国者全員の一時親族訪問と日本人妻の里帰りをとりあえず実現しなければならないと考えている。
その上で、荻原氏は社会主義というものが何であったのか、これらを分析し、総括しなければならないと綴っている。説得力のある文章なので、そのまま引用する。
「北朝鮮だけではない。スターリンのソ連、毛沢東の中国、ポルポトのカンボジア、ホーネッカーの東ドイツ、チャウシェスクのルーマニア、すべて同時代のできごとである。当初社会主義を掲げて出発しながら、行き着いたところは虐殺と強制収容所と相互監視、密告、猜疑の地獄であった。なぜそうなったのか。何がそれを許したのか。なぜ中途で是正できなかったのか。人民の力はそれほど無力なのか。元社会主義国の人民と世界の共産党はこれらの疑問に答えなければならない。これらを分析し、総括する義務がある。その徹底した分析と総括だけがこうした悲劇の再発を防止する後世への教訓となる」
『北朝鮮問題と日本共産党の罪』
数年前読んだ北朝鮮から脱出した人の書いた『北朝鮮強制収容所』という本によると、北朝鮮の強制収容所では”家畜”並みの生活を強いられる。死ぬまで出られない状況になると、人間は本能むき出しの驚くべき行動を展開する。理性のタガが外れたら人間は動物にもどる。動物以下かもしれない。不倫、窃盗などでさえそこに入れられる。密告、相互監視による悲惨な状況が書かれてあった。独裁政権は恐ろしい。
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