加藤のメモ的日記
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驚きの天才が現れた。毎年「詰め将棋解答選手権」というのがあるが、6年間で5回優勝(うち1回は欠場)という成績を持つのが宮田敦史(27歳)だ。詰め将棋の早解きを競うこの大会はアマチュアに加え、名だたるプロ棋士も多く参加している。計3時間で10問が出題されるが、10問正解は宮田だけだったようだ。特筆すべきは昨年度の成績だ。多くのタイトル保持者たちを加えて、年間勝率第1位に輝いたのである。トータル28勝9敗で、勝率75.7%。堂々たる成績だ。
彼は小学校の4〜5年のころに米永道場へ来ていたことがある。現在のタイトル保持者たちが道場からいなくなって小・中学生中心の道場になったころの話だ。お母さんが連れてきて、夕方に戻ってくるまで将棋をさすのだが、お母さんは日曜ごとにあっちこっちの道場に連れ立っていった。やっぱり母親の愛情は胸を打ちますなあ。彼の頭の中はほとんどが将棋でできている。
今年3月にNHKの将棋番組で中継があり、そこに解説者として宮田が出演したときの話だ。大盤に現在の局面が映し出され、それをプロ棋士が解説する番組である。時間になって放送が開始されれば、出演者全員がカメラに向かって挨拶するのが当然だが、彼だけは視聴者に尻を向けて将棋版を見つめていた。KYなる言葉があるが、頭の中が将棋だけだから仕方がない。多くの視聴者が意見を寄せたようだが「あの態度はよくない」という声があった中、「プロ棋士の真髄を見た」という暖かい意見も多かった。この原稿を書くために、彼の実家に取材電話を入れると、お母さんが出て「本人はジョギング中です。二時間ぐらいで帰ります」と告げられた。
将棋だけの男かと思っていたのでびっくりした。一時期病気で欠場していたことがあったので、健康には人一倍気を使っているそうだ。昨年度の順位戦最終局の相手は広瀬章人五段だった。広瀬は勝てば昇級という大事な一局だったが、宮田は全力をあげてこの一局に勝ち広瀬の昇進を阻止した。この時宮田自身は6勝3敗で、勝っても負けても昇給できなかった。「自分には無関係でも、相手にとっては人生を左右するような一局こそ必ず勝たなければならない」これこそが米長哲学であるが、彼は棋士としてそんなことは当然承知しており、それを実践してくれた。
米永邦雄/よねながくにお 1943年、山梨県生まれ。佐瀬裕二名誉9段門下。85年、四間を獲得し、93年には史上最年長で、名人位に輝いた。03年に現役引退後、05年より日本将棋連盟会長を務める。永世棋聖
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