加藤のメモ的日記
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2009年01月30日(金) 地雷を踏んだ

強烈な暑さのために軽い脱水症状を起こしかけていたらしい。作業服の袖で額の汗をぬぐう。心臓の鼓動が早くなっている。今日は妙に体がだるい。しばらくどこかで休まなければ。体の向きを変えて進もうとしたとたん、今度は寒気を感じた。寒気?炎天下のアフリカにいるのに?疲れから風邪を引いたいのかもしれない。意識がしっかるしているうちに、早く「安全地帯」まで退去して、休まなければ。。なんだかいやな感じがした。焦る気持ちを抑え、僕は注意深く「安全地帯」を確認し、そのまま三歩進んだ。その瞬間だった。今まで聞いたこともないほど大きな爆音が、あたり一面に響きわたった。僕の耳の中をものすごい勢いで爆音が突き抜けていく。爆風は僕をふっ飛ばして、激しく地面にたたきつけた。しばらくの間、まったくの静寂が訪れた。爆発の後というのは、こんなにもしんとするものなのだろうか。不思議な静けさの中で、僕はうつ伏せになって目を閉じていた。気分はいい。痛みは感じない。涼しさ、そう、灼熱の中で僕は確かに涼しさを感じたような気がした。ほんの数秒間、僕はじっと横たわったままでその涼しさを堪能した。頭が勢いよく回り始めた。個々に爆薬を仕掛けたのは誰だ?きっとあの連中の仕業に違いない。息をするのが一苦労だった。いつの間にか目が開いていた。だが、まばたきをしても、目には何も映っていないような、頼りない感覚しかないように思えた。ゆっくりと目を上げると、すぐそばにちぎれた草が見えた。何かが変だ。目の前にあるこの草には見覚えがあるが、頭が混乱していてどこで見たのか思い出せない。ここはカンボジアなのだろうか。それとも?僕は右手を上げようとして愕然とした。動かないのだ。血が流れている。ゆっくりと今度は体を起こしてみる。僕は怪我をしている?ひどい外傷を受けたとき、人間の肉体がエンドモルヒネをつくり出すことを僕は思い出していた。自家製の麻酔薬が痛みを忘れさせてくれるのは一分間ぐらいなものだろう。今のうちに、僕は自分が置かれた状況を冷静に把握しておかねばならない。近くで誰かが地雷を踏んだのか?いや、この状況からすると、どうやら自分で地雷を踏んでしまったようだ。まずはその事実を覚悟をもって受け入れなければ。自分の体を眺めてみた。右手がぐちゃぐちゃになって、潰したイチゴのように真っ赤に染まっている。右足に目を向ける。足の膝から下がなくなっている。さっきの爆風でどこかに飛んでいってしまったのだろうか。火薬と皮膚の焼け焦げる匂いがした。右足の膝の断面からは、黄色い骨が一本飛び出していた。そのまわりをボロボロになったピンク色の肉が取り囲んでいる。骨がこんなに黄色いなんて今日まで知らなかった。骨は白いものと、ずっと僕は思い込んでいたのだ。激痛がきた。必死で神経を集中し、自制心を失うまいと言い聞かせる。今の自分に与えられた選択肢は三つ。自分のやるべきことを考えるか、意識を失うか、死ぬか。三つ目の選択肢は、一番楽なことに思えた。僕は幸いにも強靭な肉体を持っていたので、一つ目の選択肢を実行に移す力が残っていた。今、自分がしなければならないのは、この場にいるほかの人間の安全を考えること。怪我をした自分に適切な応急処置がなされるように指示を送ること。それが僕の任務だ。僕は冷静な声で叫んだ。「フランク怪我をしてしまった。安全地帯を歩いていたのに、地雷を踏んでしまったようなんだ。吹き飛ばされたときに、右足の下をなくした。右手の怪我もそうとうひどいみたいだ。US救援機が。負傷者を病院まで運んでくれるかどうか、無線機で至急確認をしてくれ。それから医療班の二名に、担架を持ってきてくれるように言ってくれ。わかったか?」「イエッサー」緊張した声でフランクは答え、ただちに僕の指示に従った。彼らを待つ間、右足の断面が地面に触れないように、右手で持ち上げておくことにした。膝から下がなくなった足は軽かった。傷の断面からは血ではなく、透明な液体が流れている。右の肘からはおびただしい血が流れ、地面に染み込んで黒いしみをつくっていた。。よほどの運がない限り、僕は一命をとりとめることができないかもしれない。モザンビークに来てから今日まで、僕のチームが担当した地雷撤去作業で、地雷を見逃したことは一度もなかった。僕らが撤去し、安全地帯を表す白い杭を打った地域では、小さな事故一つさえも起こったことがなかったのだ。それでも、決して慢心することなく、僕たちはいつも百パーセント慎重に撤去にあたってきたつもりだった。そのチームが初めて見逃した安全地帯の地雷を、責任者の僕が踏んでしまうなんて、これ以上に皮肉があるだろうか。いや、部下が見逃すはずがない。きっと、撤去後に誰かが埋めたか、金属探知機にかからないようなプラスチック製のものだったか、よほど深いところに埋めてあったかのいずれかだろう。


『地雷と聖火』クリス・ムーン 
1962年、イギリス出身。元ヘイロー・トラスト地雷除去員。1995年モザンビークで撤去活動中に地雷に触雷、右手、右足を失う。以来、義足のランナーとなり、数々のマラソン大会に出場。現在も地雷廃絶を訴え、世界中を走り続けている。その功績が称えられ、1998年長野冬季オリンピックにて、最終聖火ランナーに選ばれた。


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