加藤のメモ的日記
DiaryINDEXpastwill


2009年01月28日(水) 本質を見抜く頭脳

テレビのクイズ番組で重箱の隅をつついた問題を、ほとんど条件反射的に回答する。これも確かに「頭がいい」と表現するけれども、それは極めて特殊な頭のよさだ。社会で役に立つ頭のよさ、つまり「使える頭」という観点からすると、まったくもって当てにならないものである。実社会において「頭がいい」という場合、それは「使える頭」でなければならない。

「使える頭」とは、物事の本質を見抜く頭脳である。ただ見抜くだけではない。どう対応策をとるか、そのメニューを複数提案する。プライオリティーをつけ、実際に行動に移すところまでいって、初めて「使える頭」といえるのだ。

一流大学を出て官庁に入る。統計やデータを駆使して日本の近接未来の経済を予測する。確かに学校での成績も公務員試験も高得点を取ってきたのだろうが、彼らがはじき出した見通しはここ数年ことごとく外れている。官庁だけではない。民間も同様である。銀行、証券会社の調査部やシンクタンクは世にいう一流大学、しかも成績のいい人たちの業界だ。しかし彼らが束になってかかってもバブル崩壊は予測できなかった。

ところがここに、高等教育など受けたこともない一人の老人がいる。彼は実社会の中で切った張ったの修羅場をくぐり抜けてきた相場師である。その彼がバブル崩壊直前に、それまでの戦利品である不動産と株式をすべて売り払ってしまった。理由は二つ。「こんな浮かれた経済が続くわけがない」「わしの経験の中では説明できない世の中(経済)になってしまった」

彼は自分がわかる範囲で動いていた。いわば自分の頭の領分を知っていたといってもいい。そして、どうも経済がおかしい、自分の理解の範囲を超えている。日本経済は実像よりも虚像が一人歩きしているのではないか。それがバブルだったのである。今となっては誰でもいえる。しかしバブルの真っ盛り。「日経平均株価が4万円にも届くのではないか」と浮かれていたときに、もう手仕舞いだと踏み切れた人間がどれだけいたのだろうか。

現代は、自分の金で博打を打ったことのない人間が、データとコンピュータ、教科書の中の経済知識で乗り切れる時代ではないのである。今非難の的になっている産、官、学の状況を見るとかって優秀といわれた人たちが指導、運営している集団である。一様に閉塞状況を迎えている事実を見ると、彼らは「頭がいい」のではなく、本当は「頭が悪かった」のだと気づくのは。私一人ではないだろう。

何でもわかるし、知っている。だから、何でもできる人……とはいえない。もちろん、超一流進学校から超一流大学、超一流官庁、そして数多の天下り。これで「人生勝利の方程式」に乗ったと思ったら大間違い。時代錯誤もはなはだしい。現象だけにとらわれているとその裏側に隠されている本質に気づかない。

本質を浮き彫りにして叩かなければ、問題は処理できない。「使える頭」とは本質を見抜く力があるかどうか、ということである。日本という国はもちろん、毎日のビジネス現場でも、のんびりと惰眠を貪っている余裕はもうない。

人間は万物の王者である。知識の究極である科学は産業を変え、ビジネスを変え、地球環境を変え、すべての生態系まで変えてしまった。人間は自分で考えている以上に、その影響力たるや全地球的、全宇宙的に大きいのである。


『頭のいい人』中島孝志 経営評論家・ジャーナリスト1957年東京生まれ


加藤  |MAIL