つれづれ日記
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| 2012年01月30日(月) |
ブラビーに給餌。グループホームの見学。 |
2週間ばかり前の午前8時20分ごろ電話が鳴った。こんなに早い時間に電話がかかってくるのは珍しい。出ると男性の声で「チロリンのU田です・・・」。一瞬誰だか分からず『ハァ・・・』と応じると「U田ノリオと言った方が早いかなあ・・・」。 ああ、ノリオさん!勿論知っているがチロリンに行かなくなったしもう何年も会っていない。
チロリンというのは、日ごろは人形劇団をやっているようだったが、息子が小1の時、小学校の先生に夏季キャンプがあるので参加してみてはどうか?と紹介され、当時確か5泊6日くらいあったと思う。 詳しくは分らないが、そもそもは小学校の教師が「落ちこぼれ?」気味の生徒たちのために大井川の川原にテントを張り、飯盒炊爨をし、トイレも川原に掘った穴、身体を洗うのも大井川でというサバイバルキャンプを始めた。
毎年参加する青少年たちが年少児の面倒を見ていくシステムになっていた。長じたメンバー同士で結婚したり和気藹々としていた。いつしか障害児たちも参加するようになり、息子も小1から大人になってからも毎夏参加していた。だが、近年のまとめ役が参加のお知らせをくれなくなったり参加中も中学生などから意地悪をされたりしたのでもう無理に参加することは止めた。
息子が中学生くらいまでのリーダーたちはみんな頼もしくいい思い出がいっぱいだ。ノリオさんは息子が初参加時に高校生で、息子はとても懐いていた。で、そのノリオさんがいきなり何?
と思ったら、彼は現在、知的障害者のグループホームの所長をしており、「サンハイツ狩場」に空きがあるので息子にどうか?ということだった。その昔チロリンを紹介してくれた小学校の先生は自閉症児二人の母親で、弟クンの方がそのGHに入居しているという。
数年前までは将来的にGH入居を希望していたのだが、その後何かと問題が生じ、通勤にも難が出てきているのでちょっと無理かもしれないが、興味はあると答えておいた。
そうして今日30日の午後4時に、まず母親の私だけが話を聞きにいくことになった。保土ヶ谷駅東口から市営バスに乗る。あれ?ミュウ動物病院の前を通っていく。2年前山手猫のゲンキがホームステイしていたS谷家のすぐ近くだ。あのときの残念な気持ちが蘇ってきた。あんなに双方シアワセそうに見えたのに・・・残念至極。出戻ってクリニックに長期滞在中のゲンちゃんにたまに会いに行かなくちゃね。
バスを下り、徒歩3分くらいのところに「サンハイツ狩場」はあった。1階は大家さんの事務所で2階3階がGH。玄関に出迎えてくれたノリオさんは38歳になり、結婚もし昨年息子さんも生まれている。だがちっとも変わらない。と、再会を喜んでいると奥から女性が現れ「U田です。」あらら、障害関係では超有名なU田テルコさんではないか!驚いていると「どこかでお会いしたかしら?」
U田テルコさんは自閉症協会の重鎮で、いろんな講演会などの司会も幅広くこなしている。20年位前から知っているが、私が一聴衆として一方的に知っているだけ。そういえば、前述の小学校の先生E本さんもご子息たちが保土ヶ谷養護学校の卒業生で、U田テルコさんのご子息と同期だ。この同期生はとても仲がよく旅行に行ったりいづれGHを立ち上げたいね、と話し合っているというのを10年位前に聞いたがそれが実現しているのだった!さすがU田テルコさん!
食堂で、まず我が息子の問題点を列挙するとU田さんは受け入れに難色を示す。ノリオさんには電話で「トラブルあり」と伝えておいたのだが、それは伝わっていなかったようだ。まあ、受け入れ拒否の対応は理解できる。私も興味があるとは言いながらここは家からも職場からも遠いし実際問題、ちょっと無理だろうと思っていた。まあ、見学かたがたお話を聞きにきた、というスタンス。
一応、ハウス内を案内してもらう。築6年だというがなかなかきれい。個室が5部屋あるが、これまで4部屋しか使っていなかった。浴室が二つもある。個室もゆったりしている。何より、有言実行のU田テルコさんたち親が作り、ノリオさんが所長を務めるGHだ。いいところには違いない。
で、5時半過ぎ、上永谷駅までなら乗せて行ってくれるというU田テルコさんのプリウスに便乗させてもらう。車だと一般道でも意外と近い。そこからはバスで地元駅へ。ダイエーでちょっとだけ買い物して徒歩で帰る。
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午後8時20分ごろ山手へ。 ブラビーは待ちかねてハウスの外で待っていた。
よく食べるので、海缶の他にカップフードを与えたが、多すぎてか全部は食べなかった。
今夜もとても冷える。カイロを取り替えて早々にブラビーを中に入れる。 墓掘り人はまたちょっとだけ掘り返している。ご苦労なこった。
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