つれづれ日記
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| 2004年06月18日(金) |
さくら欠席。キジー出席。プリンスに面会 |
今夜は餌やり後すぐにプリンスの面会に行きたいので、午後7時20分、車で出発。まず「プリンス猫階段」へ寄る。猫はおらず水容器は空っぽで転がっている。支度をしながらニャオニャオと鳴くと、返事があってピーチが出て来た。たった1日で私に慣れたのか、触らせるし全く問題ない。
普通のカリカリを置き、その上に療法食のウェットフード、高級カリカリをトッピング。昨日とは打って変わってご馳走だ。なのにノンちゃんはいない。たっぷり置いたからノンちゃんの分もある。
水を入れて、車に戻り先を急ぐ。正門前でUターンし、木の下に駐車する。私が降りると猫たちが気付いて寄ってきた。ゲンキも昨日はキジーに襲われて心配したが何事もないようだ。よかった。
キジーは今夜も待ち構えている。風があるので床を掃いて直置き。さくらと花子がいないが花子は後から来るだろう。寄贈された高級カリカリを全部与える。
水も大分減っている。キジーは適当に食べて今夜はおとなしく引き上げた。
思った通り、花子は大分経ってから現れた。が、さほど食べずにまた立ち去る。でもまた来るだろう。
このごろ猫たちは食べ終わるとすぐに散ってしまう。また戻ってきたりもするのだが、最後までいるのは5匹くらいだ。
到着後まだ30分しか経っていないのに、もうお終いの感じだ。しばらく様子を見てから片付けて立ち去る。
昨夜と同じくJ先生をピックアップしてから犬山動物病院へ。
赤ちゃん猫【ミルク】は増々しっかりして大きくなっている。自力ではお皿からミルクも飲めなかったのに、大きな容器からミルクも離乳食もパクパク食べている。
肝心のプリンスはと見ると、我々を見て起き上がってきた。ケージを開けると出て来た。それだけ見ると昨日より元気になったのかと思われるが見た目が昨日よりグンとやつれている。
院長の話だと、昼間に鰹節をかけたマグロを少し食べたのだが吐いてしまったという。やはり食べることはもう無理なようだ。昼間にはケージ室の廊下を歩いたというが、真っ黒な目やにがたくさん出ていてかなりやつれている。ニャッニャッと盛んに鳴くが声が出ない。
私がしばらく抱いた後、J先生が膝に乗せる。写真を撮るがじっとしている。
生命力溢れる【ミルク】がケージから出せ、出せと騒いでいる。一昨日まで鳴き喚きすぎて声が嗄れてしまったようだ。【ミルク】をかまっていると紛れるがプリンスを撫でていると、涙が溢れてくる。
一旦は若竹山手へ行ってしまったプリンスだが去年の11月初めから「山手猫階段」踊り場に戻ってきてうずくまっていたらしい。その頃、私は1週間に1度くらいしか山手に行っていなかったのでそのことを知らなかった。餌やり人が多いのでM浦さんが1週間に1度でいいと言っていたのだ。
急報を受けて私が駆けつけた11月6日、犬山動物病院が受け入れてくれなければプリンスの命はあの日で終っていただろう。死期を悟って人知れず消えていく猫たちが多いが、プリンスは古巣の山手に戻ってきて我々に助けを求めたのだ。応えてあげなくては「山手ネコロジー」の名がすたる。
それからは病院で手厚い看護を受けてプリンスは7ヶ月生き延びた。暖かい室内でおいしい療法食をたっぷり食べ、適宜点滴を受け院長にも可愛がられよく懐いた。
家に引き取れなかったことをいつも悔やんだが、よく考えると投薬、点滴、血液検査などの医療行為はできない。あれこれ考え合わせると、犬山動物病院での療養生活がプリンスにとってはベストだったと思わざるをえない。
人知れず最後を迎えることを選ぶ猫を深追いするつもりはないが、プリンスは違う。「助けて!」とはっきりSOSのサインを出したのだ。
そして十分に助けられ、今や自然に最後を迎えようとしている。悲しい最後ではなく立派な最後なのだが、やはりJ先生も私も涙が止まらない。
1時間くらい滞在して、ひとまず引き上げることにする。J先生の膝の上で眠ってしまったプリンスをケージに戻すとかなり不満そうだ。明日も夜、山手猫たちへの給餌後に来ることをプリンスに約束する。
ケージ奥のトイレに入って小用を足した。プリンスは大きな猫だが、後ろ足がもうヨタヨタしている。写真に撮ってみると日々弱ってきていることが分かる。
願わくば我々が来て抱いている時に全く苦しまず眠るように逝ってほしいと思う。
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